田中幸雄氏が生涯唯一「我を忘れた瞬間」 新庄の優しさに触れた本塁打取り消し事件

日本ハムで活躍した田中幸雄氏【写真:荒川祐史】

新庄氏が放ったサヨナラ本塁打、その時、一塁走者だった田中幸雄氏は…

現役生活で忘れられない試合は数多くある。ミスター・ファイターズとして日本ハム生え抜きで2000安打を達成した田中幸雄氏は、その一つとして、北海道移転1年目にあった新庄剛志氏の“本塁打取り消し事件”を挙げる。「あれはもう野球人生で絶対に忘れることはないです」「新庄くんに申し訳ないという気持ちがずっとあります」と胸に刻まれている。後悔の思いを抱く一方で、新庄氏へ感謝も明かした。

2004年9月20日、札幌ドームで行われたダイエー戦だった。日本ハムは9回、3点差を追い付くと、なおも2死満塁。新庄氏の放った打球は左中間席へ飛び込む“サヨナラ満塁本塁打”…。球場にいるファン、ベンチは大きな興奮に包まれた。

新庄氏もダイヤモンド上で跳びはねて、喜びを表現していた。しかし、このあとドラマが待っていた。一、二塁間で一塁走者の田中幸雄氏と抱き合って、一回転。しかし、これを前方の走者を打者が追い越したと判断され、新庄氏はアウトに。本塁打は取り消されてしまった。2人が抱き合う前に三塁走者は生還していたため、サヨナラ勝ちは成立。新庄氏の記録は単打、打点1となり、試合は終わった。

「あれはもうで野球人生で絶対に忘れることはありません。普段、冷静さを失わない自分がああいうことをしてしまうなんて……。新庄くんには申し訳ないという思いがずっとあります。彼のホームランを1本、打点を消してしまったわけですから。勝手に自分がホームランが入ったから、勝った! と判断してしまいました。めちゃくちゃ、嬉しくてやってしまったんです」

常に冷静を保っていた田中氏が「我を忘れた瞬間」

田中氏は後悔の念から、本塁にできていたサヨナラの歓喜の輪に入れなかったという。あれから月日は16年が経過。それでも思いは変わっていない。自分が年上だったから、新庄氏はそのまま受け入れてくれたのだろう。年下だったら、静止していたのかもしれないとも考えた。

「その日にごめんって謝りました。そしたら(新庄氏は)全然、大丈夫ですよーって。見たままのあんな感じで、ケロっとしてました。彼だから、そういうふうにしてくれたんだと思います」

新庄氏の優しさ、人柄に触れた瞬間でもあった。そして、自分自身も知ることのなかった一面を呼び起こしてくれたことへの感謝もあった。

「自分があれだけ喜ぶと言うのは、それまでなかったんですよね。相当(サヨナラ勝利が)嬉しかったんでしょうね。どちらかというと、極力、そういう(興奮)のを抑え、冷静に、冷静にという思いでやってきた。性格として、恥ずかしさとか、目立ちたくないっていう気持ちが強くあるので……」

田中氏は普段から言葉が多いタイプではないと自認する。新庄氏やチームメートと食事やお酒の席を楽しむことはあるが、常に冷静さを保っていた。そんな自分が「我を忘れた瞬間」というのが、この試合のラストシーンだった。

「いまだに本当の自分が出せてないなと思っています。本当の自分ってどうなんだろうな、素が出たらどうなんだろうなって、我を忘れて自分の性格のままに動いたらどうなんだろうなと考えたこともあるくらいなんです」

ほとんど出したことのない、心の奥底にしまっていた感情はあの時、新庄氏の本塁打によって、溢れ出た。本塁打を取り消してしまったという申し訳ない思いとともに、本能を呼び起こしてくれた興奮と喜びも田中氏は一生、忘れることはない。

【証言】新庄剛志の「幻のサヨナラ満塁ホームラン」 日本ハム伝説のプレーはいかにして起こったのか!?

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(Full-Count編集部)

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