米大統領選結果混迷、ドル円市場の見通し 注目のバイデン政策は?

筆者は前月の記事で、「私から、読者の皆さんにお伝えしておきたいことは一つだけです。『米国時間11月3日(日本時間4日)に米大統領選の結果は判明しないことはほぼ確実であろう』ということです」と記しました。

そして、米10月雇用統計発表時点(米国時間11月6日午前8:30)で、米大統領選の結果は出ていません。

ただ、今年の米大統領選の激戦州となったミシガン州、ペンシルベニア州、ウィスコンシン州、アリゾナ州、ネバダ州、ジョージア州での開票速報で、ミシガン州とウィスコンシン州、アリゾナ州、ネバダ州で一部報道機関がバイデン候補当確速報を出しています。ペンシルベニア州(期日前投票の開票継続中)でのバイデン氏リードが伝わる中、市場観測は「バイデン氏勝利かな?」程度には傾いていたかもしれません。


バイデン氏勝利でも株高?

米大統領選が終了している6日時点での市場観測は、「バイデン氏勝利=株高=米国債利回り上昇(=TV的にはドル安)」であったと思われます。米民主党主導による米経済対策は米株式を上昇させる一方で、米財政赤字拡大懸念で米国債利回り上昇、という見方が大勢と思われます。

ただ、米大統領選後の市場見通しというものは面白いもので、米大統領選前からころころと変化してきているので、相場が変わればすぐに180度変更される可能性があることには注意しておきたいと思います。

記憶に新しいことと思いますが、当初は、「トランプ氏は減税公約で株高、バイデン氏は増税公約で株安」と言われていました。しかし、バイデン氏の優勢観測が強まり、有象無象が「トリプル・ブルー(バイデン候補勝利&上下両院で米民主党過半数)」を口にする中、「トリプル・ブルーで政策運営がスムーズになり、バイデン氏勝利でも株高」となりました。

そして、当レポート執筆時点(9日)で、「トリプル・ブルー」を口にする人はほぼ皆無ですが、「(バイデン氏当確予想だが、)米上院が共和党多数で、大規模経済対策回避、増税不可能となり株高」へと見通しは変わってきています。今後も相場の動き次第で見通しは変わるものと思われます。ただ、大前提にあるのは「過剰流動性」であることに変わりありません。株高見通しだけは変わらないのは、その大前提があるからでしょう。

誰も口にしなくなった「トリプル・ブルー」

さて、当レポート執筆時点で、米上院選の結果が判明していないのは、アラスカ州改選議席とジョージア州改選議席・補選議席の3議席です。アラスカ州は開票作業に時間がかかっており結果が出ていませんが、同州での現職共和党議席が死守されることはほぼ確実視されています。それを前提に考えると、現段階で米上院の勢力図は共和党50議席vs.民主党48議席です。

ジョージア州の未確定2議席については、2021年1月5日に決選投票に持ち込まれることが決定しています。ジョージア州は昔ながらの「赤の州(米共和党の支持基盤が強い州)」とされていますが、今回の大統領選では、9日時点でも結果が判明していない接戦州です。

前週末(11月6日)時点で、同州選挙管理委員会が発表していた未集計表は、約22,600票です(there are approximately 8,400 military and overseas ballots (UOCAVA), and 14,200 provisional ballots outstanding.)。また、米政治サイトReal Clear Politicsによると、米国時間8日時点での開票率は99%で、バイデン氏得票率49.5%、トランプ氏得票率49.3%となっています。

同州での米大統領選の開票状況を考慮すると、「赤の州だから上院決選投票では米共和党が勝つ」と思い込むのは時期尚早と思われます。つまり、共和党上院50議席vs.民主党上院50議席の可能性がまったく無くなったわけではないことを頭に入れておい頂きたいと思います。

ご参考までに、下記11月3日ジョージア州上院選の結果を見る限り、リバタリアン党や他党への投票者が民主党候補に投票した場合、民主党候補が勝つ可能性もあるということが分かります。

米10月雇用統計、びっくりするほど大幅改善の失業率には反応薄

引き続き米国内における新型コロナウイルス感染拡大(第3波?)が続く状況下で発表された米10月雇用統計は、予想比で非常に強い内容となりました。

事業所調査ベースの非農業部門雇用者数増減は、市場予想の前月比58万人増対して、63.8万人増でした。8月、9月分の上方修正も合計1.5万人増でしたので、決して弱くはないのですが、9月の改定値の67.2万人増からは鈍化していることを重視する市場関係者からは、不満も出ているかもしれません。ただ市場が注目するものは、予想比乖離が激しい指標であり、今回は失業率が注目されたものと思われます。

米10月失業率は、市場予想7.6%に対し6.9%(9月分7.9%)と発表され、比較的ファンダメンタルズに忠実と思われる米10年債利回りは、一気に上昇する結果となりました。

相場は、ヘッドラインが出てくるや否や売買する人工知能(AI)がファーストリアクションを作ってしまうため、足の遅い人間が飛びつくのは一歩も二歩も遅れがちです。ワンウェイに動いてくれればいいのですが、下手をすると人間は、ド底を売ってド高値を買う羽目に陥りがちです。

米国債は利回り上昇(価格下落)というほぼワンウェイに動いてくれましたが、103円30-35銭レベルで米雇用統計を迎えたドル円は、103円47銭まで買われたかと思うとすかさず103円31銭まで売られ、AIに比べて足の遅い人間には散々な動きとなってしまいました。

雇用統計は蚊帳の外

しかも、この米雇用統計発表直後、選挙予測会社「ディシジョンデスクHQ」がバイデン当確の見解を出すというニュースが報じられ、ドルがさらに売り込まれる展開となりました。その結果、ドル円は103円19銭まで下落しました。

このドル売りですが、長続きすることはありませんでした。前述したように、米国債利回りが急上昇しており、米金利上昇に逆らったドル売りポジションはすぐにドル買戻しの動きにつながり、ドル円は103円72銭まで上昇しました。

米雇用統計発表時0.78%レベルだった米10年債利回り0.83%レベルまで上昇していました。もともと、「バイデン氏勝利=大規模経済対策=米財政赤字拡大=米国債利回り上昇」というシナリオもあった分、米10月雇用統計のベクトルとバイデン氏勝利のベクトルが、米10年債利回りでは一致したものと思われます。

その後は、米雇用統計、米大統領選結果とも関係ないロンドン市場でドルは下落しました。結果的に、米10月雇用統計は蚊帳の外だったように思われます。

今後の相場で注意したいこと

為替市場の見通しは米大統領選前からころころ変わっていますから、今後も大きく変わることが予想されます。かりにバイデン氏の米大統領選勝利が確定した場合、筆者が注目しているのは、バイデン氏公約の「所得 が100万ドルを超える富裕層を対象に、キャピタルゲイン課税の最高税率を約2倍の39.6%に 引き上げる方針」です。就任後に最も早期に着手できる政策ではないかと考えています。

<文:チーフ為替ストラテジスト 今泉光雄>

<写真:ロイター/アフロ>

© 株式会社マネーフォワード