バイデン政権誕生で中東に走る激震 石油産業に不安、サウジめぐる情勢にも

By 藤和彦

10日、演説で笑顔を見せるバイデン前米副大統領=米デラウェア州ウィルミントン(ロイター=共同)

 新型コロナウイルスのパンデミックにより、今年の原油市場は大打撃を受けた。今年前半には世界の原油需要の3割(日量3000万バレル)が消失。そこに米国の政権交代が起きた。米国の石油産業保護を強く進め、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)の国交正常化に政治力を発揮してきたトランプ大統領から民主党のバイデン氏への政権交代は、中東に激震をもたらす可能性を秘めている。(独立行政法人経済産業研究所上席研究員=藤和彦)

3Dプリンターで作られた採油ポンプとOPECのロゴ(ロイター=共同)

 ▽OPECプラスの不安、米国の気候変動枠組条約復帰

 パンデミックでOPEC全体の原油生産に相当する原油需要が世界からなくなってしまったことに大慌てとなったOPECプラス(OPEC加盟国とロシアなどの非加盟国)は、史上最大規模の協調減産を余儀なくされた。OPECプラスは5月から日量990万バレルの協調減産を開始、7月からは減産の規模を日量770万バレルに縮小している。来年1月から協調減産の規模をさらに日量580万バレルに縮小する予定だったが、欧米で新型コロナウイルスの感染拡大が起き、再検討を余儀なくされている。OPECプラスは11月30日から12月1日にかけて開く総会で、減産規模の縮小ではなく、逆に拡大を検討しているようである(11月3日付ロイター)。

 足元の世界の原油需要の減少幅は、昨年に比べて日量800万バレルにまで縮小している。原油価格は1バレル=40ドル前後で推移しており、年初の水準(1バレル=60ドル超)に回復していない。米エネルギー省は11月3日、「OPECの今年の原油売却収入は昨年(5950億ドル)の約半分(3230億ドル)になる」との予測を明らかにした。原油売却収入が2002年以来の18年ぶりの低い水準となっているOPECにとって、原油価格のさらなる下落を防ぐためには協調減産の規模を再び拡大するしか手がないが、思惑どおり原油価格が上昇しなければ「踏んだり蹴ったり」になってしまう。

 薄氷を踏む思いのOPECプラスは、バイデン政権の誕生を不安げに見つめている。

 世界の原油市場の需給がようやくバランスを取り戻しつつある中で、バイデン氏が、トランプ大統領が脱退した「気候変動枠組条約」に復帰しようとしているからである。「バイデン氏は民主党左派の影響から環境政策を強力に推進する」との観測がある。そうなれば世界最大の原油需要を誇る米国の需要が再び減少する可能性が高いだろう。

米ホワイトハウスで、イラン核合意離脱と制裁再発動を表明するトランプ大統領(2018年5月、UPI=共同)

 ▽イラン、ベネズエラからの原油供給拡大も?

 供給面でも悪材料が目白押しである。

 バイデン氏は、条件付きでオバマ前政権時代に成立した「イラン核合意」に復帰するとしている。バイデン政権が誕生して直ちにイランに対する制裁が解除されるわけではないが、もしイランに対する制裁が解除されれば、制裁により閉め出されていたイラン産原油が、世界の原油市場に大量流れ込む(日量200万バレル超)ことになる。ベネズエラに対する制裁も緩和されるとする見方もあり、そうなれば同国から日量約100万バレル前後の原油輸出が復活する。両国からの日量300万バレルの供給拡大は、原油価格の下押し圧力になることは間違いない。

 イランやベネズエラからの原油供給量の拡大に加え、OPECプラスの枠組みに亀裂が生ずる懸念も指摘されている(11月9日付ロイター)。トランプ大統領は、米国の石油産業を保護するため、原油安競争を繰り広げていたサウジアラビアとロシアに政治的な圧力をかけ、これが前例のないOPECプラスの協調減産につながったという経緯がある。

 これに対しバイデン氏は、ロシアを「安全保障上の最大の脅威」として名指しし、サウジアラビアとの関係を見直すことを公約で掲げている。再生可能エネルギー拡大を訴えるとされるバイデン氏は、両国との距離を置く可能性が高く、米国からの圧力がなくなれば、今年4月にサウジアラビアとロシアとの間で諍いが生じたように、OPECプラス自体の結束が揺らいでしまうかもしれないのである。

トランプ米大統領(左)とサウジアラビアのムハンマド皇太子=2019年6月、大阪市(ロイター=共同)

 ▽サウジめぐる情勢、一変の恐れ

 このように需給面から見れば、バイデン政権の誕生は原油価格を押し下げる可能性が高い。だが、地政学的な要因からは別の見方ができる。

 サウジアラビアでは、トランプ政権と深い絆で結ばれていたムハンマド皇太子が「ヴィジョン2030」を掲げて脱石油改革を進めるようとしているが、成果が上がらないどころかむしろ悪化するばかりである。11月10日に発表された第3四半期のGDP成長率は、第2四半期のマイナス7%と同様、厳しい結果となった(マイナス4・2%)。

 サウジアラビアの安全保障環境も悪化している。10月以降、イエメンのシーア派反政府武装組織フーシ派によるドローン攻撃が激化している。

 イスタンブールのサウジアラビア総領事館で殺害されたカショギ氏の婚約者が、損害賠償を求めてサウジアラビアのムハンマド皇太子を相手取り、米ワシントンの連邦裁判所に提訴するという動きも気になるところである。ムハンマド皇太子との友好関係を優先して批判を控えてきたトランプ政権とは違い、バイデン氏は、カショギ氏の殺害事件の説明責任の追及やサウジアラビアが介入するイエメン内戦への米国の支援停止を公約している。宿敵イランとの関係改善に進むとされるバイデン氏の外交姿勢は、サウジアラビアの安全保障にとって大きなマイナスである。

 内外からの批判が高まるムハンマド皇太子が、米国の後ろ盾を失うことになれば、サウジアラビアを巡る情勢は一気に流動化するかもしれない。

 トランプ大統領の強力なイニシアテイブを期待してイスラエルと国交を正常化したアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンについても、米国の中東政策が変更されれば、イスラエルの敵国であるイランから軍事的脅威にさらされるリスクがある。中東地域全体の地政学リスクが高まることになれば、原油価格が高騰するのは火を見るより明らかである。

 ここまで読めば、バイデン政権誕生が石油産業に与える衝撃の大きさが分かるはずだ。原油市場の不確実性は高まってしまう恐れが大きいだろう。

© 一般社団法人共同通信社