GT300マシンフォーカス:NSX GT3 EVO”マイスター”が語る『ふたつのキーポイント』

 スーパーGT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターや魅力をエンジニアや関係者に聞く”GT300マシンフォーカス”。その2020年第2回は、18号車『UPGARAGE NSX GT3』が登場。2019年は55号車(ARTA NSX GT3)を担当して見事チャンピオン・エンジニアに輝き、今季はヨコハマタイヤ装着車両で奮闘する一瀬俊浩エンジニアに、隅々まで知り尽くしたホンダNSX GT3″EVOモデル”の素性を聞いた。

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「昨年はARTAで55号車を担当させてもらいましたが、そのときはもう(NSX GT3が)EVOモデルになっていたので、それ以前の仕様に関しては、じつはちょっと知らないんですよね」。そう語り始めたのは、レース車両のメンテナンス業務を請け負うセルブスジャパン所属の一瀬俊浩エンジニア。

 このNSX GT3自体も異色の出自を持つ車両であり、日本側で初期開発が進められたのち、本格的なGT3ホモロゲーション取得作業と仕様決定、カスタマーデリバリー前の性能向上テストを北米のホンダ・パフォーマンス・デベロップメント(HPD)が主体となって進めてきた。そして最終的な車両製作とグローバルな販売は、イタリアのJASモータースポーツが担当する(日本ではM-TECが販売窓口に)。

 そのプログラムにより、2017年シーズンは長年にわたり北米アキュラのモータースポーツパートナーを務めるリアルタイム・レーシング(RTR)が、当時の『SCCAピレリ・ワールドチャレンジ』に参戦。同じく『IMSAユナイテッド・スポーツカー選手権(USCCウェザーテック・スポーツカー・チャンピオンシップ)』には、名門マイケル・シャンク・レーシング(MSR)がエントリーして、実戦での開発テストが続けられてきた。

 カスタマーへの本格デリバリーが開始された2018年から、日本では道上龍率いるModulo Drago CORSEがGT300クラスに34号車(Modulo KENWOOD NSX GT3)を投入(同年はCARGUY Racingも777号車で参戦)。翌年、EVOモデルへと更新された車両3台がシリーズに挑戦する形となった。

 そのうちの1台となった18号車は、TEAM UPGARAGEが長らく使用してきた86マザーシャシーからスイッチしてのチャレンジだったが、チームは2020年からメンテナンス体制を一新すると同時に、昨季ARTAでタイトルを獲得した一瀬氏をチーフエンジニアに招聘。

 NSX GT3を知り尽くす人物の起用でタイトル戦線浮上を狙い、第3戦鈴鹿では予選9番手から2位表彰台へ。同じく鈴鹿の第6戦ではセカンドロウ4番手グリッドを獲得するなど、明らかな効果が現れた。そんな一瀬氏から見て、このNSX GT3 EVOは「最高速はありながらも、どちらかと言うとコーナーで勝負するクルマ」の印象だという。

「初期型の印象は道上さんですとか、大津(弘樹)からちょっと聞いた情報でしか知らないのですが、ARTAでは長く(BMW)M6を担当したこともあって、NSXは中間加速はないけどドラッグが少ないので最高速は速い。でもそこは(最高速)トラップの数値だけで、イメージはコーナーの速さ。とくに中高速コーナーのダウンフォース(DF)が効いてるところで速い印象を持っています」と一瀬氏。

 その背景には、EVO化されたこのモデルからフロントスプリッター、リヤディフューザー、リヤバンパーが新設計となり、ドラッグの低減と空力バランスの最適化が図られたことが良い影響を及ぼした、と考えられる。

「DFはある程度、出ているとは思います。M6と比べても……まあ過重計が付いてるわけではないですが、たぶんNSXのほうが上で、特にリヤは出ていますね。ただそれは『EVOモデルになってから』だと聞いているので、どちらかと言うとみんなフロントが足りなくて困ってます」

TEAM UPGARAGEは2020年からメンテナンス体制を一新すると同時に、昨季ARTAでタイトルを獲得した一瀬氏をチーフエンジニアに招聘した
2019年からEVO化されたモデルからフロントスプリッター、リヤディフューザー、リヤバンパーが新設計となり、ドラッグの低減と空力バランスの最適化が図られた

 そんな一瀬氏が55号車を走らせ、タイトルを獲得した2019年。「推奨……と呼ばれるようなベースラインはない」車両で、セットアップ面において注意していたポイントが「いかに4輪を接地させ、タイヤを効率的に使うか」と、その「エアロをどれだけ出せるか」の2点だったという。

「車高は基本的にフロントは最低(参加条件下限の最低地上高66mm付近)で、あとはリヤのレイクでどれだけDFをフロント寄りにできるか。なるべくレイクを付けられるように、DFバランスを前寄りにしていっても走れるような足回り作りを心掛けています」

 フォーミュラのようにフロントのウイングやフラップでDFを助けることができないGT3車両では、ほぼレイクアングルに頼るしか手立てがない。その点、NSXはアングルの感度が高く、1mmでもDF量が変化した。このレイクによって、フロント側を助けるだけでなく車両全体のDF総量も増したという。

「ただ(メルセデス)AMGさんとかも外から見てる感じだと、あのクルマはブレーキングしてもあまりフロントが沈まない。でもNSXはフロントが沈んでしまうので、あまりレイクを付けた状態で走ってると、ブレーキングでかなりバランスが崩れる。そことの整合性は結構、難しいですね」

 通常のGTマシンのセオリー通り、ブレーキング時にサイドウォールが潰れる以上にダイブするNSXは、エアロとの兼ね合いもありフロントの車高変動をなるべく抑え、動かさない方向のセットアップを採りたい。そのため、サスペンションもパッカーやバンプラバーをほぼ常用するような状態で走らざるを得ない。

 有効ストロークはシリーズで使用するサーキットのうち鈴鹿だけが異なるも、それ以外のトラックでもほぼ同じ範囲であまり変えないことから、用意されるスプリングも6種類のうち2種類程度を使用するのみ。鈴鹿に至っては「硬い側1択(笑)」の状態だという。

「その辺りの使い方が去年(55号車)はうまく見い出せた、というか。僕はもうブリヂストンタイヤを6年ぐらいやっていたので、タイヤの使い方も含めて理解してクルマを組み立てられた。その分、1年目だけどすぐに結果が出たのかな」と分析する一瀬氏。

 同じNSX GT3、同じEVOモデルを使う2019年と2020年。変化したのは所属チームだけでなく、足元に履く銘柄も同様だ。前述のような空力優先のセットアップを採用していることもあり、ブリヂストンとヨコハマタイヤではその使いこなしに異なる考え方が求められそうだ。その点、一瀬氏も「最初の岡山テストでは、今まで作って来たクルマのイメージで行ったら大失敗した」と、新たな苦労に直面したことを明かしてくれた。

「最初の岡山のときは、ずっと20番手ぐらいだった……。それは自分のなかのタイヤの使い方のイメージが合ってなかったんだと思います。なので、自分の計算のなかでスタンダードなクルマに戻して、改めてタイヤに対してどうやって荷重を掛けていくか。そこから今は、またヨコハマさんのタイヤに関してよりグリップが出る方向へって振って来て、今ようやく仕様が固まって来た感じです」

 昨季までのダンパーでは、圧側も伸側も「減衰でわりと特殊なこと」をしつつも、どんな状況でもクルマをフラットに走らせることを狙ってきた。コーナーでもイン側のリフトを抑え、内輪側に配慮してつねに4輪で走るイメージをしてクルマを作っていたという。

 しかし今季は、多少のロールを許容してでも”外輪側”を上手く活用するイメージへと転換。コーナーでも1輪により多くの荷重が乗るような方向へシフトした。

冷却系の補機類程度が収まるフロントベイ。静的荷重ではどうしてもリヤヘビーの特性となる
車高は基本的にフロントは最低(参加条件下限の最低地上高66mm付近)に設定。レイクアングルでDF確保を狙う

「要は、タイヤのグリップが出る場所、オイシイところが違うんです。ブリヂストンさんのときは減衰とかでよりフラットな姿勢を作っていましたが、ヨコハマさんは割と高荷重でグリップが出る感覚。実際(前後左右の)動きとしては変わらないぐらいのイメージですが、(輪荷重の)掛け方が変わるというか……」

 摩擦係数が高い路面とピークグリップに優れるタイヤ、そして空力優先の”ベタベタな車高”設定から、今季は「トレンドとして揺り戻しが起きているような気がする」とも語る一瀬氏だが、この結果、18号車は昨季までとはまったく異なるセットアップを採用するに至った。

 すると、装着するヨコハマタイヤも昨季までと「全然違うタイヤ」になり、柔らかいコンパウンドを使用しながら「予選1発のピークも改善しつつ、決勝でもそこまで大きくは変えずにレース距離もいけるよう」な方向性が見つかりつつあるという。

「構造も今はヨコハマさんに結構頑張ってもらっていて。そういったアップデートも含めて、同じコンパウンドを使っても、よりグリップが出る方向には来ている。今年最初のテストから比べてもレスポンスがいい、というか。クルマのセットはやっていくなかで見つけていった部分がありますけど、タイヤに関しては『こういうのが欲しい』というのが最初から明確にあったので、それはもうリクエストした通りのものが途中で出て来ました」と一瀬氏。

 残す課題は、こうした取り分と背反の要素。あまりロールを許容せず硬い状態のフロントに対し、3.5リッターのV型6気筒ツインターボをミッドシップに搭載するため、静的な重量配分は当然リヤ寄りに。ABS自体もEVOモデルで刷新されたBOSCH製の新バージョンを搭載するが、それも「全然うまく使えていない」状態だ。

「動かないフロントで車高も低く、静的荷重がないので、それはフルブレーキングがツラくなるのは当然ですよね。なのでそこはもう半分諦めて(笑)。諦めてでも横方向で使って、割とボトムスピードを上げるようなクルマにして。ブレーキはあんまり使わないような走らせ方をイメージしてます」

「ドライバーからも多少のコンプレインはあります。ありますが、そこはもう我慢して『それでもエアロが出るからそっちで走ってくれ』って。あまり『乗りやすい』と言われた記憶はないです(笑)」

 BoP(バランス・オブ・パフォーマンス/性能調整)の影響が支配的なエンジン性能も、このEVOモデルでは新型ターボチャージャーが導入されているものの、燃費の面で厳しい状況が続く。その対策としてセーフティカー中の燃料消費を細かくデータに取り、周回数で削れる消費量を緻密に計算し、グリッドへの試走やフォーメーションでは極力燃料をセーブし、少しでも給油時間を減らすなど細かな努力を重ねている。

 11月最終週の2020年シーズンフィナーレは、例年とは異なり富士スピードウェイでの”ノーウエイト決戦”となる。長いホームストレートの「コントロールラインから先で伸びてくる」低ドラッグな特性と、ターボカーには有利な低い気温による吸気温度低下で、NSX GT3 EVOの18号車はどんな戦いを繰り広げるか。来季に向けた試金石としても重要な1戦になりそうだ。

3.5リッターV6ツインターボは市販モデルとほぼ同等。ブロック、ヘッド、バルブトレーン、クランクシャフト、ピストン、ドライサンプの潤滑システムも生産車と同一となる
リヤサスペンションを含め、多少のロールを許容してでも”外輪側”を上手く活用するイメージへと転換。コーナーでも1輪により多くの荷重が乗る様な方向へシフトした
2019年は55号車(ARTA NSX GT3)を担当して見事チャンピオン・エンジニアに輝いた一瀬俊浩エンジニア

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