誰が何と言おうと、Go Toトラベルは悪くない【永山久徳の宿泊業界インサイダー】

11月21日開催の新型コロナウイルス対策本部で、菅義偉首相はGo To トラベルについて、感染が広がる地域への旅行での運用を一部見直す考えを示した。医学界の専門家の声に押された形だが、新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身会長、日本医師会会長も「エビデンスは無い」と前置きしているように、その根拠については曖昧なままにもかかわらず「きっかけになったことは間違いない」などという学者らしからぬ発言が波紋を呼び議論の方向性を狂わせてしまった感がある。筆者は医学者ではないが、社会科学、統計学を扱う学者であった経験に則してもGo To トラベルが現在の第三波と呼ばれる感染拡大に繋がったとはどうしても思えない。その理由をいくつか示す。

地方の感染者の増加率は都会を上回ってはいない

7月にGo To トラベルが開始する時、医学界がこぞって反対していたのは、「感染拡大地域とそうでない地域の間で移動が活発化すると感染者の少ない地域での感染率がはね上がる懸念がある」という理由だった。塩水と真水をかき混ぜればすべてが塩水になってしまう理屈から言えば、全国の道府県の感染率が東京の感染率に追いつく可能性は確かにあった。果たして結果はどうだっただろうか?

都道府県別の人口あたりの新型コロナウイルス新規陽性者数の推移をまとめたサイトを見ても、東京、大阪などの大都市を有する都道府県の感染率は相変わらず他の府県より高いままだ。全国平均値を超えているのは北海道、東京、神奈川、愛知、大阪、福岡、沖縄と極端に偏在している(21日時点)。40府県が平均以下なのだ。

東京都は9月までGo To トラベルが除外されていたので大阪を例に取ると、キャンペーンがスタートした7月22日時点の大阪府の感染者は人口100万人中302人だったのが、11月21日では1947人と6倍以上になっているが、元々の感染者数が極端に低かった三重県などを除き、和歌山や奈良などの周辺府県の新規陽性者の増加率は概ね4倍から6倍の範囲に収まっている(全国平均は4.9倍)。識者の予想が正しければ、大阪府から旅行者が出入りすることにより周辺府県は軒並み6倍以上の増加率になっていなければならなかったはずだ。局所的な差異はあるものの概ねどの都道府県も平均的な比率で新規陽性者数が増えており、Go To トラベルによる移動が原因で地方が都会に巻き込まれて危機にさらされているという主張は成立しない。沖縄、北海道の感染者数拡大をGo To トラベルに結び付ける論もあるが、どちらも大都市への人口の集中度、換気や生活スタイル、外国人数などによる特殊性は以前から指摘されていたはずだ。

Go To トラベルと感染拡大の時期はリンクしていない

7月22日にGo To トラベルが始まり、徐々にその利用ペースは加速したが、その中で最も大きく世の中が動いたと国民が実感したのは9月19日~22日の4連休だ。宿泊施設や観光地、ショッピングモールなどが久しぶりにごった返したことを覚えている方も多いだろう。もし人の移動が感染者の拡大に寄与する最大要因であれば、その1~2週間後にあたる9月28日、10月5日の週の新規陽性者は激増していなければならないはずだ。しかし、前後の週と比較しても1日ごとの新規陽性者数は500人~600人台とほぼ差異はない。逆に、新規陽性者数が目に見えて増え始め、1,000人を超えたのは11月5日の週だが、その1~2週間前は旅行人数も宿泊施設の稼働率にも大きな変化はない。ここからも旅行と新規陽性者数の変化には相関関係は無いと断言できるはずだ。髙島宗一郎福岡市長も両者に相関関係の無いことをシンプルに証明している。むしろ、「11月5日の週の1~2週間前」の該当期間にあった行事としてはハロウィンがある。大規模な集会やイベントは行われなかったものの、小規模のパーティーや飲み会で連日街が賑わっていた時期と感染拡大はリンクするはずだ。そうであれば日常生活エリアでの感染であり、旅行や移動に責任を押し付けるのはまるで論理的ではない。

Go To トラベル利用者の感染率は日常生活より低い

11月17日時点でGo To トラベル利用者の感染者は155人だったと発表された。時点は異なるが10月31日までのGo To トラベルの利用者は3,976万人なので、多く見て約25万人に1人の割合だ。21日時点で全国の感染者は128,835人となり、ほぼ国民1,000人に1人であることを考えると、数字上は「日常生活を過ごすよりGo To トラベルで旅行する方が250倍安全だ」ということになる。もちろんこれは数字のまやかしではない。利用者は空港やホテルなどで旅行前、旅行中に幾度となく体温や健康状態のチェックをされるので体調の悪い人はそもそもキャンペーンに参加できない。交通機関や宿泊施設や立ち寄る観光地も相応の対策を取っている。さらには旅先で会う人とマスク無しで濃厚接触者になるケースはまず皆無なので、接触者は同行する夫婦、友人等に限られる。基本的には日常生活より旅行中の方が安全であると言う事には何の不思議もないのだ。

そもそも旅行のおける移動や滞在で生じるリスクから利用者を守るための方策は、Go To トラベルに反対している医学界の識者の提案に依るものではなかったのか。今、Go To トラベルを否定することは、自身の提案を守ることで上手く機能している仕組みを識者自ら否定していることになりはしないか。

移動制限によるリスク低減の段階はとっくに終わっている

そもそも緊急事態宣言において国民の移動を制限したのは、まだ感染者の発生していない地域があったことと、新型コロナウイルスに対する知見と医療体制が追い付いていなかったことが理由だ。日本全土で感染者が一定比率で存在するようになり、その増加ペースが平均的である以上、県境をまたいだ移動を単に制限する必要性はない。制限するべきなのは移動ではなく「特定の場面」だ。厚生労働省が提示している「感染リスクが高まる『5つの場面』」、すなわち、飲食を伴う懇親会等、大人数や長時間におよぶ飲食、マスクなしでの会話、狭い空間での共同生活、居場所の切り替わりを慎重に行う必要があるのであって、それは旅行とはイコールではない。既に、大人数のGo To イートは制限されているし、旅行においても個人旅行がほとんどであり、いわゆる団体旅行はほとんど復活していない。今動いている団体旅行は他人同士が参加する(ほとんど会話の無い)募集ツアーや、厳重な対策の施された修学旅行の代替の旅行などであり、「5つの場面」を想起させる旅行は少ないという事実にも目を向ける必要がある。制限すべきは学校でのランチや、職場での休憩所など、連日相手が入れ替わりながらノーマスクで近接する場面の制限であって、同じく厚生労働省が提案した「マスク会食」の方がよほど優先すべき対策なのだ。「マスク会食」には国民が冷ややかな反応をしたからといって、家族旅行の制限を何物にも優先させることが感染拡大対策になると考えるのはピント外れも甚だしい。

Go To トラベルを100%擁護するわけではない。25万人に1人とはいえ陽性者は発生しているし、従事者にも陽性者はいるのだからゼロリスクではない。対策を怠った例があることも承知している。ツアーバスの車内でおしゃべりしながら弁当を食べたり、旅行先で羽目を外したり、健康チェックを怠ったりしたことで、Go To トラベル利用者が感染してしまったケースがあることも事実だ。しかし、一般生活のリスクと旅行のリスクの差にはもはや差異は無い中で、Go To トラベルと第三波の間に相関関係を見出すことは余程のこじつけをしない限り私には不可能だ。問題なのは、このように”Go To トラベルキャンペーン=諸悪の根源”とイメージしてしまった国民、識者でさえ「それでも人が移動すればウィルスも動くでしょ?危険でしょ?中止すればいいでしょ?」で思考停止してしまうことだ。

ウイルスにゼロリスクはあり得ないことはとっくに理解していても、特殊な1のリスクを減らすことにより身近に存在する100のリスクを正当化しようとする防衛本能のようなものかも知れない。そうして安心した国民は「移動しない事で私はコロナには感染しない」と気を緩めて、混雑する近所の商業施設での行列に加わり、友人とのカラオケに興じ、知人との会食に身を投じるのだ。第三波対策はGo To トラベルを悪者にし、当面の厄介者を排除することでお茶を濁す結果になってしまうだろう。結果的にGo To トラベルキャンペーンを制限しても感染者の増加ペースは変化しないと予測できるし、問題となっている自殺者の増加にはむしろ拍車がかかるだろう。Go To トラベルはもはや観光事業者のものではなく、第一次産業まで含めた需要喚起策なのだから。その時、医師会や分科会はどう言い訳をするのだろう。

だから私は何度でもいう。「それでもGo To トラベルは悪くない」と。

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