“棄教”した先達の墓

-水の浦-

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五島の水の浦(福江島)で信徒迫害が激しかったとき、信徒たちの様子を長崎司教に報告する“密使”の役を引きうけていたのは、水浦捨五郎であった。

かれは、しばしば、夜ひそかに舟を漕いで長崎へ出かけていった。奥浦や久賀島の“密使”たちを、ときには同乗させることもあった。

捨五郎は、信徒の信仰状態をつぶさに司教に報告するとともに、司教の伝言を水の浦に持ち帰って信徒たちを励ました。

明治2年1月の末、捨五郎は長崎へ行った。 だが、このときの司教の態度は冷たかった。水の浦の信徒たちの一部が“棄教”したという情報が司教の耳にはいっていたからだ。

1ヶ月後、島の役人が水の浦で宗門調べをおこなったとき、棄教した信徒たちは口を揃えて取り消しを宣言した。

彼らは再び囚われの身となり、牢にぶちこまれる。 狭い牢にひしめく信徒。 空腹、算木ぜめ、殴打。

しかしここはやはり島らしく、役人たちは、マグロの漁期になると若者を船にのせたり、植えつけや収穫期には野良で働かせたりしている。

いま、牢のあとに白い教会が建つ。 一度“棄教”した先達の墓が、美しい海と村を見おろす高台にある。

少女らの、よい遊び場だ。

海に生き、伝来の信仰を守る人たちをいま、しあわせが、包んでいる。

カトリックグラフ 1972年10月号より掲載  長崎県五島市・水の浦教会