“お城巡り”する女子急増中!現存天守6城の場所や歴史などを紹介《後編》

1. 宇和島城(愛媛県)

愛媛県宇和島市にあるお城で、「築城の名手」と言われた「藤堂高虎」が1601年(慶長6年)、伊予宇和郡の領主のときに築城したとされています。

地上から眺めると四角い堀で囲まれているように見えますが、空から見ると実は不等辺5角形をしている『宇和島城』。意図していたかは定かではありませんが、この構造により敵からの死角が生まていたようです。

1615年(慶長20年)、伊達政宗の長子秀宗が城主となり、宇和島伊達家9代の居城となります。なお、現在の天守は伊達家2代宗利の時代に再建されたものです。

■真田家に嫁いだ伊達宗利の娘・豊姫
伊達宗利の娘の豊姫は、真田家3代藩主の真田幸道に嫁ぎました。
真田家といえば、真田幸村が有名です。一方伊達家といえば、伊達政宗。この両者はそれぞれ、「大坂の陣」で豊臣軍と徳川軍につき、激しく戦いました。豊臣の敗戦が確実となり、死を覚悟した幸村は幼い子どもたちをひそかに政宗の家臣のもとに行かせ、育ててほしいと頼みました。政宗と幸村は敵同士でありながら、互いに尊敬し合っていたのです。
そんな縁ある真田家に嫁ぐ際豊姫は、宇和島から江戸にある伊達家の屋敷に持ってきていたあんずの木から、種をひとつ持って行ったそうです。この一粒のあんずの種から木々は増え、真田家の領地である松代へも広まり、松代藩の暮らしを支える大事な産業となったそうです。

■見どころと周辺観光
『宇和島城』で必ず見て帰りたいのが、国の重要文化財に指定されている天守と、城山南側に位置する「上り立ち門」です。
「上り立ち門」は武家の正門とされる薬医門形式で、現存する薬医門としては最大級であるだけでなく、創建年代が最古の慶長期まで遡る可能性を秘めた、貴重な建造物です。
周辺には、宇和島藩主だった伊達家の屋敷跡に建てられた『伊達博物館』があります。歴史的にも価値のある古文書、甲冑、調度品など、伊達家や歴代藩主にまつわる品々が展示、または保存されているので、より深みのある観光をしたい人にオススメです。

2. 伊予松山城(愛媛県)

『伊予松山城』は愛媛県松山市にあるお城。賤ヶ岳の合戦において活躍し、七本槍の一人として名を馳せた加藤嘉明が、1602年(慶長7年)より工事に着手しました。

愛媛には上記で紹介した『宇和島城』を含め、現存天守12城のうち2城も残っているので、お城好きにはオススメのスポットと言えます。

■恋人の聖地『松山城二之丸史跡庭園』
多くの戦いを見届けてきたであろう『松山城二之丸史跡庭園』からは、日露戦争中に負傷したロシア人男性と彼を看護した日本人女性看護師との“愛の証”とされる金貨が、2010年に発見されました。
また、年間多くのカップルが結婚式の前撮りを行っていることから、2013年10月1日に「恋人の聖地」として認定されています。

■見どころと周辺観光
三重三階地下一階の層塔型天守で、江戸時代最後の完全な城郭建築(桃山文化様式)です。また、現存12天守の中で唯一、築城主として瓦に「葵の御紋」が付されている点にも注目です。
土・日・祝のみですが、夏目漱石の小説「坊っちゃん」の登場人物も利用した、明治時代の蒸気機関車をモデルとした「坊っちゃん列車(復元モデル)」での松山観光もオススメです。

3. 丸亀城(香川県)

香川県丸亀市にあるお城で、生駒親正と子の一正が、1597年(慶長2年)から築城。「石垣の名城」と言われる程、石垣が有名です。

■「ニッカリ青江」の由来は「にっかり笑う幽霊」
「ニッカリ青江」とは、日本の名刀を擬人化したオンラインゲームでも人気のあるキャラクターのモデルとなった名刀のことで、『丸亀城』の城内にある『丸亀市立資料館』で2021年に開催される、会期限定の企画展で展示されます。
※2020年は中止
「にっかり笑う女性の幽霊」を斬ったところ、翌朝に石塔が真っ二つになっていたという伝説が、この名刀の名の由来として語り継がれています。

■見どころと周辺観光
当時の最高水準で積まれた「日本一高い」と言われる石垣は圧巻です。とくに、20m以上ある『三の丸』北側の石垣の美しい勾配は見もの。こじんまりとした天守との対比も必見です。
「うどん県」としても有名な香川県は、おやつにうどんを食べるとも言われているほどうどん好きな人が多く、おいしいお店がたくさんあります。お昼にうどんを食べたら、夜ごはんには丸亀発祥のご当地グルメ「骨付鳥」がオススメ。ニンニクが効いたスパイシーな味わいはビールとの相性バッチリです!

4. 高知城(高知県)

高知県高知市にあるお城で、土佐藩の初代藩主・山内一豊が、1601年(慶長6年)に着工しました。

■山内一豊を内助の功で支えた妻の千代
一豊が仕えていた豊臣秀吉の没後、権力争いの動きが見え始め、徳川家康と石田三成の対立が深まりました。
関ヶ原の戦いの前に大阪にいた千代は、石田三成の監視下に置かれながらも、夫・一豊に豊臣側の情報と、「自分はどうなってもよいので、徳川家康に尽くすように」との密書を送りました。さらに、千代はその密書を開封せずに家康に渡すよう言付けます。
千代の言葉どおり、密書を開封せずに家康に渡すことで自分の忠義を示した一豊は、その後出世したと言われています。

■見どころと周辺観光
高知城は、江戸時代に建てられた天守が残る全国12城の一つで、12城の中で唯一、天守、本丸御殿、追手門がそろって現存しています。
追手門から入城する時、見逃せないのが、追手門と天守を一つのフレームで撮影できるフォトスポット。訪れた際にはぜひ、記念撮影を! 城の守りを固める高石垣も見どころの一つです。さらに天守に登れば、最上階の廻り縁から高知市中心部を一望できます。
お城周辺には、土佐藩主山内家の貴重な資料を展示している『高知城歴史博物館』や、坂本龍馬にまつわる資料を展示している『龍馬の生まれたまち記念館』などの施設があります。

5. 備中松山城(岡山県)

同じ『松山城』でも、こちらは岡山県高梁市にあるお城で、天守が現存する唯一の山城であり、日本三大山城のひとつです。

1240年(延応2年)に、秋庭三郎重信が臥牛山に築城したのがはじまりと言われています。

■後世に語り継がれる女武将、鶴姫
『備中松山城』城主・三村家親の娘であった鶴姫は、幼い頃から武芸や騎馬を習得。備中兵乱の戦いで三村家が追い込まれ、鶴姫が暮らす常山城にも敵が攻め込んできた際、刀を手に敵陣へ乗り込んでいったとされています。
さらに、鶴姫の勇姿に触発された従女34名も後に続きますが、無念にも敗北。戦いに破れてしまった鶴姫と従女たちですが、その勇敢な姿は後世に語り継がれることとなりました。

■見どころと周辺観光
春夏には新緑、秋には紅葉、そして冬には積雪とのコラボレーションと、季節よって違う顔を見せる天守が楽しめます。
また、毎年9月の下旬ごろから4月の上旬ごろ、明け方から朝8時頃までの時間帯には、濃い朝霧が期待でき、雲海が発生することも。好条件が重なれば、雲海に浮かぶ『備中松山城』を見ることができます。
周辺には、武家の町として営まれ、今も格式ある門構えの武家屋敷が250mに渡って立ち並んでいる『石火矢町ふるさと村』があり、当時の生活の面影を感じながらのまち歩きも楽しめます。

6. 松江城(島根県)

島根県松江市にあるお城で、1611年(慶長16年)に堀尾吉晴が築城しました。工事は難航していたようです。

■女性が犠牲になったと言われる“悲劇の城”
本丸や石垣の工事がうまくいかなかったことから、「盆踊りがうまくて美しい若い娘を人柱にしよう」ということになり、生きたままの女性が犠牲になったという「人柱伝説」が残るお城と言われています。
『松江城』完成後に相次いで城主が急死したり、最終的にお家断絶の憂き目に遭ったので、犠牲になった女性の呪いかと言い伝えられています。

■見どころと周辺観光
全国でも珍しい堀を遊覧する船「堀川めぐり」に乗って、松江城下を観覧するのもオススメです。
周辺には、小説家・小泉八雲の自筆原稿や初版本などが展示された『小泉八雲記念館』や明治時代に建築された洋館『興雲閣』などもあります。

秋は「お城めぐり」にピッタリの季節

秋は行楽シーズン! この機会に、日本の歴史や天下統一のために戦った武将たちの生きざまを垣間見ることができるお城めぐりを、ぜひ楽しんでみてくださいね。

※掲載内容は、諸説あるなかの一説となります。

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