「みんなが選挙に行かなきゃいけないとは思わない」別木萌果氏インタビュー

「主権者教育」と一言に言っても、それは本当に難しい。正解がない。学校教育が、中立性が、多様性が……配慮してばかりでは前に進まず、考えなければそれは思考停止に陥り、主権者教育と名付けられた空っぽの時間が過ぎるだけだ。大学生時代を「若者と政治のキョリを近づける」学生団体ivoteで過ごし、数々の舞台において主権者教育に携わってきた別木萌果氏に選挙ドットコムがインタビューを行った。

政治に興味があるつもりだったのに、自民党と共産党の違いが分からなかった

-選挙ドットコム編集部 横尾(以下、横尾)
本日はよろしくお願いいたします。別木さんが岡山大学大学院に進学されて力を入れている主権者教育ですが、ここまで来るまでに何か大きなきっかけはあったのでしょうか。

-別木萌果氏(以下、別木氏)
3つありまして、子供のころから感じていた無力感と、ダウン症の友人との出会い、初めての選挙の時の衝撃ですね。小学5年生のころ、地球温暖化問題に興味を持って、仲間内でチームを作って自分たちなりにできることをやっていました。でもあるとき「私たちがこれっぽっちのことを頑張ったって、南極の氷が溶けるのを食い止められるわけじゃないじゃん」って、ものすごく無力感を味わってしまったんですよね。

そのまま中学生になり、ダウン症の友人ができました。その時自分が当たり前のように進める進路と友人の進める進路の違いを考えてみて、これは政治で何かできるのではないか?と思ったんです。
そして最大のきっかけが初選挙。大学生になって、18歳選挙権も解禁されました。でも私は、政治に興味があるつもりだったのに、自民党と共産党の違いが分からなかった。衝撃でした。私は政治に関わる一員ではなかったような孤立感を覚えました。私みたいな人はきっと1人ではない、橋渡しをしたいと思い、ivoteに入って活動を始めました。

社会科は暗記科目じゃない。自分に絡めて考えさせることが必要

-横尾
今までの主権者教育に足りなかったことは何だと思いますか?

-別木氏
主権者教育というか社会科教育の範囲になるのですが、社会科が暗記科目だと認識されていることは課題であると思います。そして、社会の仕組みを理解させるだけでは、現代の社会を疑うことなく現状追認させることにつながってしまいかねません。社会科は現代の社会の複雑な問題を「複雑なまま教え」「それでも自分なりに答えを出して」「自分の人生計画と絡めて考えさせる」ことが必要だと思います。全然暗記科目じゃないですよね(笑)。

-横尾
「自分の人生計画と絡めて考えさせる」は、キャリア教育とも似通ってきますね。

-別木氏
はい。大学進学率100%の高校に行ってこんな話をしたことがあります。そもそも自分はなぜ高校に進学したいのか?大学進学率は日本全体で見ると全然100%なんかじゃない。そして大学教育について無償化すべきだと言っている政治家がいる、今のままでいいと言う政治家もいる、所得制限を設けようと言う政治家もいる、君の考えはどうだ――答えは人それぞれで間違いはありません。自分がどうしたいのか、自分の価値観を見つめなおし、意思決定を行うことが重要だと考えています。

自己責任論を主権者教育で乗り越えたい

-横尾
主権者教育を通して別木さんが実現したいことはありますか。

-別木氏
私は大変ありがたいことに、恵まれた環境で育ってきたと思います。ただ、同じ日本なのに、家にご飯がなくて食べられない、誰も勉強を教えてくれる人がいないという子供たちをボランティア等を通してたくさん見てきました。この分断された社会の構造を教育現場から変えたいです。自分だけ良ければいい、悪いのは自分の責任だ、という自己責任論を主権者教育で乗り越えたいんです。政治家になるという道もありますが、私は社会科教員としてその実現を目指したいです。

-横尾
別木さんは、主権者教育を受けた学生等にどうなってほしいと考えますか。

-別木氏
実は、私はみんなが選挙に行かなくたっていいと思ってるんです。どうせ行ったところで変わらないでしょ、という考えのまま思考停止されるのも悲しいけれど、選挙に行けばいいやはいはい行動すればいいんでしょ、といった思考停止も違うな、と思っていて。これまで私が実施してきた主権者教育を通して、綺麗事を言えば言うほど学生たちの心が離れていくのを感じました。必要なのは本人が本人なりに自分の人生について考えて行動することです。私は、もう選挙に行こうとか、価値観を押し付けるのはやめました。

「あなたはどう思う?」と聞き合えて、認め合える社会になってほしい

-横尾
別木さんは、10年後の日本はどうなっていてほしいと考えていますか。

-別木氏
今はどうしても発信する側と発信される側に分かれていますよね。知識を持っている人と持っていない人、意見を言う人と言わない人で分断が起きていると思います。もうその垣根は取り払って、自由に「あなたはどう思う?」と聞き合うことができて、認め合える社会になっていてほしいですね。例えばこの前の都知事選挙だって、Twitterで小池百合子さんに投票します!と大声で言っていた人は目立っていなかったけれど、ふたを開ければ圧勝です。選挙に行かない人はもっといた。それが議論されず思考停止されたまま起こっているから私はまだ頑張らないといけなくて、みんなが自分で議論し考えた結果がそれならいいと思います。選挙に行け、行け、とは私は言いません。ただ、10年後の皆さんが自分なりの考えのもと、自分なりの方法を選択し、社会や政治に関われる人になっていてほしいなと思います。

-横尾
本日はありがとうございました。

別木萌果氏プロフィール
1998年生まれ。学生団体ivote元代表。現在は岡山大学大学院教育学研究科修士課程で社会科教育学の研究をしながら、中学校社会科教師を目指している。その他、主権者教育について考える教員向けワークショップや高校生向けの社会教育コミュニティーの運営に携わっている。 

(構成・執筆協力 ひがしみすず @misuzu_higashi)

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