今から30年以上も前に放送されていた人気テレビ番組がある。毎週、さまざまな種目で日本記録に挑む「びっくり日本新記録」だ。筆者は番組のエンディングで流れる次のようなナレーションが忘れられない。
「記録、それはいつもはかない。ひとつの記録は一瞬ののちに破られる運命をみずから持っている…」
とはいえ、破られそうもない記録が存在するのも事実だ。例えば、昨年亡くなった金田正一さんが1950年から69年にかけて積み上げたプロ野球最多勝利数「400」。当時は、1人の投手が先発も救援もやっていた。
エースともなれば先発した翌日に救援するなど連投は当たり前。大変だが、勝ち星を大きく重ねることも可能だった。先発、中継ぎ、救援を担う投手がそれぞれいる「分業制」が確立している現代とはまったく違った。
一方で、ほとんどの記録は必ず打ち破られる日がやってきた。F1の世界でも今季、不滅と考えられていた一つの記録がその日を迎えようとしている。
11月15日に行われたトルコGPにおいて、メルセデス所属のルイス・ハミルトンが勝利し7度目(2008、2014、2015、2017、2018、2019、2020)のワールドチャンピオンを獲得した。これにより、ハミルトンはミハエル・シューマッハーが保持する記録(1994、1995、2000、2001、2002、2003、2004)に並んだ。
さらにハミルトンは今年、同じくシューマッハーが保持していた最多勝利記録(91勝)を追い抜いている。バーレーンGPでも勝利したので95勝となっている。さらに、シューマッハーが保持する最多表彰台記録(155回)も追い抜き、164回を数えている。
ややマニアックだが、レースの最初から最後まで1度もトップを譲ることなく完全勝利した回数において、これまでアイルトン・セナが保持していた19回をハミルトンが破り、現在その記録を22回にまで伸ばしている。
多くのF1ファンが、シューマッハーの記録を破ることは難しいと考えていた。しかし、08年にシューマッハー本人はインタビューで反対意見を述べていた。
「記録は破られるものです。それは自然なことだと私は考えます。それはルイスかもしれないし、フェリペ・マッサかもしれないし、セバスチャン・ベッテルかもしれない」と。
そして、シューマッハーの言葉通りハミルトンは記録に並んだ。この勝利の数々を支えたのはメルセデスの圧倒的な力と信頼性だろう。シューマッハーが勝利しまくったときもまた、フェラーリの圧倒的な力と信頼性があった。レースでは、チームの力なくして勝利はない。
実際、ハミルトンが真の意味で快進撃を始めたのは13年にメルセデスに移籍してからだった。07年マクラーレンでのデビューしたハミルトンは、デビュー年にいきなり4勝を挙げるとともに6度ポールポジション(PP)を獲得した。08年には5勝(PP7度)、09年2勝(PP4度)、10年は3勝(PP1度)、11年3勝(PP1度)、12年4勝(PP7度)―。その後も安定した走りを見せた。
メルセデスに移った13年こそ1勝(PP5度)に終わったが、14年から爆発する。
14年11勝(PP7度)、15年10勝(PP11度)、16年10勝(PP12度)、17年年9勝(PP11度)、18年11勝(PP11度)、19年11勝(PP5度)、20年11勝(PP10度)=バーレーンGP終了時点=を記録している。
強いチームと契約したからだ、と言ってしまえばそれまでだが、13年の契約当時、誰も14年以降にメルセデスが7年連続でコンストラクターズタイトルを獲得するほどの強豪チームになるとは想像しなかったはずだ。多くの強者がそうであったように、ハミルトンは実力に加えて運も持っていたと言える。
2000年のイタリアGPのレース後に開かれた記者会見で、アイルトン・セナと並ぶ41勝目を挙げたことを質問されたシューマッハーが、感極まり涙を流したことは有名だ。トルコGPでもフィニッシュラインを超えたハミルトンが感極まって涙を流し、パルクフェルメで涙を拭くシーンが映し出された。それを記者会見で質問されたハミルトンはこう答えている。
「(チェッカー後)自分のレースキャリアを走馬灯のように思い出しました。5歳でゴーカートに乗り、イギリス選手権で初めて勝ち、父とクルマで帰りながら(英国のロックバンド「クイーン」の)「伝説のチャンピオン」を歌い、この場に立つことを夢見ていました…」と。
果たして、ハミルトンが21年以降に王者を獲得して史上初となる8度目のワールドチャンピオンを獲得するかどうかは誰にもわからない。しかし、メルセデスと今年終了予定の契約については、まもなく延長の交渉テーブルにつくことをチーム代表のトト・ヴォルフが明かしている。
記録ははかないものだ。それゆえに、多くのファンがまだまだ夢の続きを見たいと願っているだろう。(モータージャーナリスト・田口浩次)