ラルシュかなの家のコミュニティ生活

第四回 兄弟からもらった一粒の麦

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ラルシュでは障がいを、弱さや傷つきやすさと置き換える時があります。「なぜ私に障がい、弱さ、傷があるのですか?」の問いに「神の業が現れるため」だとしたら。不思議で希望のような感覚を持ちます。

かなの家が始まった1978年から40年間かなの家を作り続けていた実さんというメンバーが天国へ旅立ちました。神の業が現れるとは何なのか?実さんの人生からもらったぼくなりの思いを分かち合いたいと思います。

子供の頃の実さんは、知的障がいがあることや家族の事情により、長い期間を児童養護施設で過ごしています。「勉強が苦手で学校が嫌いだった。悪さをたくさんしていた」と生前の実さんから話を聞いたことがあります。障がいがあることや家庭の生活を知らない辛さを抱えていたと思います。自尊感情が低く、不安、怒り、劣等感から自分を閉じるような、自分を抑圧するような一面が実さんにはありました。成人になり山梨のヨハネ学園という入所施設に移り、そこで出会った職員とヨハネ学園を離れ、静岡で廃品回収を仕事とする生活が始まりました。

これがかなの家のスタートです。アシスタントの子供のぼくは当時3歳でした。黙々と廃品回収の仕事をしているまじめな実さんの後ろ姿を見ながら育ちました。昔は夜遅くまで働いていたことを覚えています。生活は国からの援助も少なく厳しかったと思いますが、実さんはかなの家に残ってくれました。

1986年、試行錯誤するかなの家がラルシュと出会いました。食事を共にすること、お祝い、友となることなど仕事以外の価値をラルシュから学びました。知的障がいのある人は助けられる対象だけでなく、賜物を持ち、一致の源になるというジャン・バニエの言葉はかなの家にとって大きな転換となりました。少しずつ実さんは、お兄さんとの再会のおかげもあり明るくなっていき、「冗談が言えるようになるなんて、昔は考えられなかった」と話していました。時間をかけ自尊感情や傷を癒してきたのだと思います。

その実さんに末期がんがあると知った時、かなり落ち込みました。今まで40年間、ラルシュかなの家を作ってきた、無口で決して目立たない祈りの人である実さんの老後を支えることが、ぼくの役割であり、実さんへの恩返しだと考えていたからです。

食欲がなくなり痩せていく実さんの看取りについて、アシスタント同士で分かち合いを数回しました。あるアシスタントは数年前に家族と死別し、死に対して受け入れることができませんでした。ところが、実さんを中心とした愛の行き来を見て、愛でいっぱいになったと感じることができました。小さく弱くなった実さんが、またラルシュかなの家を作ってくれたのです。

実さんの死をとおして、たくさんの人から実さんの話を聞く機会が多くありました。実さんからこういう言葉をかけてもらった。実さんとこういう関わりがあったなど。まるで、実さんは出会った人の心に小さな種を植えていたようでした。それも目立たないやり方で。

実さんから受けた種というのは、「あなたが一緒にいてくれてうれしい」「私にはあなたが必要です」というメッセージでした。受け取った人は「自分はありのままでいい」と感じることができました。自尊感情がなく不安に閉じこもっていた実さんが、同じように自尊感情を持てない人に対して希望を与え、愛を失った人に愛を与えました。(ラルシュかなの家 佐藤言)

聖母の騎士 2019年4月号より一部掲載

社会福祉法人ラルシュかなの家 https://larchejapankana.localinfo.jp/