鹿児島の牛専門店、ベトナムに高級焼き肉店  TPP関税ゼロ追い風、コロナ禍でも盛況

ハノイの和牛専門店「うしのくら」で、牛肉の下ごしらえをする店員=11月

 薩摩牛の生産から焼き肉店まで手掛けるカミチクグループ(鹿児島市)は今年9月、ベトナムで同社初となる和牛専門店「うしのくら」を首都ハノイにオープンした。コース料理が7800円からという高級店だが、経済成長で増えたベトナムの富裕層を中心にコロナ禍でも連日にぎわう。九州から輸出した最上級の和牛を使うにもかかわらず、日本の店舗と同じ水準の価格を設定できたのは、環太平洋連携協定(TPP)により、今年から牛肉の関税率がゼロになったのが追い風となった。ただ、安さが売りのオーストラリアがベトナムの牛肉市場に熱い視線を送るほか、焼き肉の本場である韓国風の店舗も多い。ベトナムの牛肉市場について報告する。(NNAベトナム版編集部=小故島弘善)

日本式サービス提供、若いカップルも

 「ベトナムで本格的な和牛焼き肉を食べるのは初めて。特にユッケがおいしい」。銀行員の女性、マイ・ティ・ヒエンさん(29)は話した。

 「特撰黒毛和牛専門店うしのくら」は富裕層が集まるエリアにあり、多くの外資系企業や日本大使館も近くにある。1日当たり数十組が来店し、週末の店内は若いカップルやドレスアップした女性2人組の姿も。料理が運ばれてくるたびにスマートフォンを構え、食後は店外で記念撮影に興じていた。日本風の池や建物の雰囲気も「映える」ことで、目新しさを好むベトナム人に好評のようだ。

ハノイの和牛専門店「うしのくら」のカウンター席で、調理の様子をスマートフォンで撮影するベトナム人女性=11月

 「本日は鹿児島県鹿屋市の酪農家、森さんが育てた牛をご提供します」。ベトナム人の店員が、輸入した1頭分の牛肉をどのようにして日本で工夫して育てたかなど詳しく客に説明する。店内には牛を育てた酪農家のパネルもある。東京都の繁華街にある3店舗と同じ水準のサービスを提供するが、ベトナムでこれほどきめ細かい対応は珍しい。
 価格は日本の店舗とほとんど変わらない。TPPなど関税を巡る特別な協定を活用しない場合、日本からベトナムに牛肉を輸出すると、3年前までは14~30%の関税がかかっていた。ベトナムが昨年1月にTPPを発効させてから牛肉の関税率は徐々に下がり、今年からは関税撤廃となった。日本からベトナムへの骨なし牛肉輸出は昨年実績が約66トン、4億8600万円と2年前から倍増した。

鹿児島市のカミチクグループがハノイの和牛専門店「うしのくら」で提供している薩摩牛=11月

 カミチクは自由貿易港として関税がかからない香港で、より手頃な価格の和牛焼き肉店を出店しており、飲食店の海外展開に挑戦するのはベトナムが2番目だった。カミチクのベトナム事業の責任者、上村幸生氏は「もしTPPがなければ関税が下がるのに時間がかかった」と述べ、ベトナム出店におけるTPPが果たした役割の大きさを指摘した。

増えるハノイの富裕層、市場として魅力

 経済成長によりハノイの街の風景は近年、目まぐるしく変わった。イタリアのグッチをはじめ海外の高級ブランドや飲食店の進出が相次いだ。日本でベトナムと言えば、増えるベトナム人労働者や人件費が安い生産国としてのイメージが強いが、現実は市場としての存在感が急速に高まっている。ベトナムに住む日本人はここ数年で急増し既に2万人を超えた。拠点を置く日系企業は2千以上といわれ、イオンやユニクロ、マツモトキヨシといった企業も相次いで進出した。

ハノイのチャンティエン通り沿いにある、高級ブランドのルイ・ヴィトンの店舗=11月

 「好調なスタートを切れた」。カミチクの上村氏はほっとした表情を浮かべる。当初は日本人客が半分を占め、ベトナム人4割、その他の外国人が1割程度になると見込んでいた。新型コロナウイルス感染対策により日本人客は想定を下回ったものの、ベトナムの中高所得者層を中心に客足が伸びている。

 ベトナムは今年4月、新型コロナ対策で全国的に外出などを厳しく制限し、7月下旬からの第2波では地域別のロックダウン(都市封鎖)を実施し、短期で収束させた。国内旅客便も増え、マスク着用などが求められる場所も多いが、コロナ前の日常が戻りつつある。11月末日時点の累計感染者は1347人と東南アジアで最低レベルだ。

 とはいえ、日本からの出張者や外国人旅行者の不在は痛手だ。うしのくらの店員は「日本人出張者の接待などの団体客用に、VIPルームや個室を用意しているが、2階の個室が埋まりづらい」と打ち明ける。海外との往来がコロナ禍以前に戻るよう期待は高まるが、ベトナム政府は強い水際対策を維持している。

安さ武器のオーストラリアが虎視眈々

 ベトナムには韓国人の居住者が多い。サムスン電子がベトナムをスマートフォンの供給拠点とするなど主要な投資国となっているからだ。ベトナムで暮らす筆者も「日本企業よりも韓国企業の存在感が大きい」と感じる。

 庶民から富裕層まで幅広い客層を狙った韓国風の焼き肉店が多く「焼き肉と聞くと韓国を連想する」と話すベトナム人も少なくない。安めの韓国料理チェーン店を100店以上展開しているベトナム系外食大手もある。

ハノイにある韓国焼き肉チェーン店の看板には「学生向けビュッフェが19万9000ドン(1000円未満)」と安さを売り込んでいる=11月

 うしのくらで一緒に食事をしたベトナム人は「こういう高級店は目新しさが売りとなるが、ベトナム市場でリピーターが増えるかは分からない」と率直な感想を語った。

 日本以外の牛肉輸出国もベトナムの牛肉市場を注視している。オーストラリアの業界団体ミート・アンド・ライブストック・オーストラリアの担当者は「主要な輸出先の4カ国(日本、米国、韓国、中国)を除いた新興市場では、ベトナムの伸びが群を抜く」と指摘する。安さを売りに攻勢を強めるとみられる。

 それでもカミチクは高価格帯の牛肉で勝負を挑む。ベトナムには、地下鉄のような都市部を走る鉄道が開通しておらず、他の東南アジアと比べても都市の発達が遅れている。今後は、人件費が高騰する中国からの生産移管や、貿易自由化の推進などにより躍進する可能性は高い。上村氏は「需要はまだ少ないが、質の高い和牛をベトナムに浸透させ、市場規模が拡大するのを待つ」と語る。

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