『誓願』マーガレット・アトウッド著、鴻巣友季子訳 しなやかに連帯し夢をつなぐ

 カナダの作家、マーガレット・アトウッドの新刊『誓願』は、彼女の代表作『侍女の物語』の続編である。アトウッドが提示したこのディストピアに身を置いたとき、めまいのような感覚に襲われた。この物語世界が現実社会と地続きだからか。

 いまの日本や米国、その他の国や地域に同じように苦しむ女性たちがいる。もがき、闘い、突破を試みる。この悔しさをいつか晴らしてやろうと、固く心に誓っている。

 舞台は「ギレアデ共和国」。異常なまでに低下した出生率を背景に、キリスト教原理主義勢力がクーデターによって米国政府を転覆、誕生させた独裁国家だ。徹底した男尊女卑思想が国の基盤にある。例えば社会を牛耳る「司令官」に所有される「侍女」は、彼の子どもを産む道具でしかない。

 1985年出版の『侍女の物語』は、トランプ米大統領の誕生をきっかけに再びベストセラーとなり、2017年に動画配信サービス・Huluで放送されたドラマはエミー賞を8部門で受賞、社会に大きな影響を与えた。赤い服をまとった「侍女」は女性への抑圧に対する抵抗のシンボルとなった。#MeToo運動の発火点となった女性たちの告発を報じたニューヨーク・タイムズ紙の女性記者2人がまとめたノンフィクション「その名を暴け」でも、赤いローブと白い帽子を身につけて抗議活動をする女性たちの姿が描写されている。

 本書『誓願』は『侍女の物語』が出てから34年後の19年に出版され、今年10月、鴻巣友季子訳で日本語版が出た。描かれるのは『侍女の物語』の世界から15年後のギレアデとその周辺である。アトウッド自身が記した「謝辞」によれば、作家はこの間、読者から前作の結末のあと一体何が起こったのか聞かれ続けた。「ギレアデはどんなふうに滅んだのですか?」という質問が特に多かった。『誓願』はその答えとして書かれたという。

 2作はともにギレアデが舞台だが、小説の結構はまったく異なる。『侍女の物語』はオブフレッドという名の侍女から見える世界が示された。彼女はギレアデが生まれる過程に立ち合い、暗黒世界に引きずり込まれた。絶望的な日々の中で自由を求め続けた。

 『誓願』は3人の女性が話者となり、複眼的視点でギレアデを描く。

 1人は前作にも登場したリディア小母(おば)で、巨大な権力を握りつつある。既に自分の石像も建った。女性たちが住む「アルドゥア・ホール」内の図書館で手記を綴っている。

 それを読むと分かる。彼女は忘れていないのだ。ギレアデができる前、判事として働いていた昔の自分を。どんなふうに尊厳や自由を奪われていったのかを。暴力をふるわれ、屈辱を味わい尽くした独房で心に誓ったことを。

 「わたしのひたいの真ん中には、第三の目があった。あると感じた。石のように冷たい目。それは涙を流さず、ものを見ていた。その目の奥で、だれかがこう考えていた。このお返しはかならずさせてもらう。どれぐらい時間がかかろうと、その間にどんな屈辱を舐めようと、かならずなしとげる」

 他の2人は若者である。アグネスは司令官の娘として大切に育てられた。将来、別の司令官の良き妻となるためのしつけや教育を受けてきたが、違和感を抱えている。自分の出自にも疑問を持つ。やがて母が亡くなり、それらが不信感や不快感に変わっていく。

 カナダで古着屋の家に生まれたデイジーは伸び伸びと暮らしていた。しかし両親が爆殺され、それをきっかけに衝撃的な事実を知る。そしてギレアデに向かうのだ。

 アグネスとデイジー、そしてリディア小母。3人の女性が運命の糸に手繰り寄せられて出会うとき、ギレアデという国の土台が揺らぎ始める。誰が味方で誰が敵か。何を信じるべきなのか。後半はサスペンス色豊かに物語が疾走する。無鉄砲に未来や仲間を信じようとする彼女たちの心のたくましさに快哉を叫びたくなる。

 所詮、圧倒的な負け戦なのだ。それでも彼女たちは明日を生きる女性たちに夢をつなぐ。そんなしなやかな連帯が、シスターフッドが、本書の核にある。

 それにしても、これほどの国家を創造し、それをまた葬ろうとするアトウッドという作家のとてつもなさよ。80歳を超えたいまも、若さがみなぎっている。

(早川書房 2900円+税)=田村文

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