米の新型コロナ、来秋までに終息の見通しも  ワクチン接種、「作戦」は最終段階へ

 新型コロナウイルスの新規感染者数が1週間当たり100万人を超す状況が続く米国だが、来秋にもコロナ禍を終息させられる見通しになった。12月中旬にも、まずは医療従事者と長期介護施設の入居者らを最優先に、全米で20万人を対象に新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種を開始する。早期ワクチン開発に取り組んだ米の「ワープ・スピード作戦」(「米国の『ワープ・スピード作戦』とは コロナワクチン開発へ、トランプ政権の命運かけたギャンブル?」ご参照)は、いよいよ過去に例を見ない規模での全米接種キャンペーンに突入する。大多数へのワクチン接種は来夏までかかると言われており、実施する中で予想外の問題が出てくる可能性もある。ワクチンへの不信感を払しょくし、人種や経済力による格差を生じさせないように、いかに迅速にワクチン接種を推進していくのか。バイデン次期政権の手腕が試される。(テキサス在住ジャーナリスト=片瀬ケイ)

「新型コロナウイルスのワクチン」とラベルが貼られた瓶

 ▽着々と進む準備

 コロナワクチンの緊急使用許可申請は、FDAおよび独立した諮問機関による有効性と安全性データの審査を経て、米ファイザー社と独ビオンテック社は12月10日に、米モデルナ社と米国立衛生研究所(NIH)は12月17日に許可の判断が下される予定。承認前からワクチン生産を開始しているため、12月中に両者からの合計で2000万人分のワクチンを調達できる見通しだ。1月以降も毎月2000万人分前後が供給される予定だという。英アストラゼネカ社をはじめ、ほかにも複数のワクチン候補が最終段階の治験に入っており、さらに使用可能なワクチンが増えれば、総供給量も増えることになる。

 ワクチン接種の優先順位を検討してきた米疾病対策センター(CDC)は12月1日、接種の最優先グループを、医療従事者および長期介護施設の入居者と介護者とする指針を発表した。米国では新型コロナによる死亡者の4割近くが、高齢者の長期介護施設に集中している。ただし医療従事者だけで全米に約2100万人、高齢者施設関係で約300万人おり、12月に調達できる分では対象者全員をカバーできないため、細かい優先順位は各州知事が最終判断することになる。

ファイザーが開発している新型コロナウイルス感染症のワクチンの瓶(ロイター=共同)

 一方、今月から来年夏にかけて全米展開する過去に例をみない大掛かりなワクチン接種は、政府、軍、製薬、輸送、医療機関、薬局など、大規模な官民協力で推進する。一番手となるファイザー社のワクチンは、マイナス70度前後で凍結保存しなければならないが、特別仕様のドライアイス入り梱包箱の使用により、常温環境でも箱内の温度を最長10日間適正に維持することができ、ドライアイスの追加でさらに15日間保存が可能だという。「ワープ・スピード作戦」の一環として国防総省が綿密な配送計画をたて、ミシガン州にある同社の出荷拠点からジャスト・イン・タイム方式で、各州の知事が指定する接種施設に直送される。大手輸送会社の輸送拠点も各州も、続々と極低温の冷却設備や冷凍庫の準備を進めている。モデルナ社のワクチンはマイナス20度の冷凍保存なので、ファイザー社のワクチン配布をクリアできる環境が整えば、問題はないだろう。

モデルナが開発中の新型コロナウイルス感染症のワクチン(AP=共同)

 ワクチンの接種では、薬局チェーンが大きな役割を担う。米国では1996年に、全米薬剤師会がCDCが承認する薬剤師向けの予防接種研修を確立して以来、各州の認可のもとで薬剤師が予防接種を実施できるようになった。今では定期接種や毎年のインフルエンザ予防注射を、家の近くの薬局で手軽に済ませる人も多い。新型コロナワクチンについても、米保健福祉省との連携で、大手薬局チェーンのCVSおよびWalgreensが全米の高齢者の長期介護施設を訪問し、ワクチン接種を実施することになっている。

 来年からはさらに、ライフラインや社会生活の維持に必要な仕事に就くエッセンシャル・ワーカー8700万人、重症化しやすい65歳以上の高齢者5300万人、また1億人ともいわれる基礎疾患を持つ人々に接種対象を広げていくことになる。多数の人に迅速に2回のワクチン接種を実施するには、病院、診療所、薬局と、市民にとって利便性の高いあらゆる場所で推進していく必要がある。

大手薬局チェーンCVSのインフルエンザワクチン接種受付コーナー

 ▽来秋までにはコロナ禍から解放?

 筆者の住むテキサス州は、先月、全米で最初に感染累計数が100万人を超え、今も各地で医療崩壊に直面している。グレッグ・アボット州知事は、ニュース放送局CNBCのインタビューで、「12月から毎月、州民人口の約10%をカバーする量のワクチンを供給できる。州民の2割程度は、すでにコロナから回復して免疫があると考えられるので、春過ぎまで数か月ワクチン接種を続ければ、大多数が免疫を獲得できる」との展望を語った。

 もっともファイザー社のワクチンは21日間、モデルナ社のワクチンは28日間隔をあけての2回接種で、2回目の接種から1-2週間後に効果が得られる。このため、例えば12月中旬に1回目の接種を受けたとしても、実際にワクチンの恩恵が受けられるのは1月下旬となる。また子供に対する接種は、さらなる治験を行って判断されることになるという。ワクチン接種が始まっても、当分はマスクを手放せない日々が続くことになるが、順調に進めば秋口までにはコロナ禍を終息させることも可能となりそうだ。

 ▽不信感払拭のために

 こうしてワクチン配布に向けたハード面の準備が進み、終息への光が見えてきた一方で、公衆衛生の専門家が口を揃えるのがソフト面での懸念だ。つまり、政府に対する不信感やワクチンへの不安から、接種辞退者が増えるという心配である。

 ファイザー社とモデルナ社のワクチンは、今年1月上旬に中国の研究者が新型コロナウイルスの遺伝子情報を公開したところから走り始め、11月にFDAに緊急使用許可を申請するところまでこぎつけた。mRNAという遺伝子工学を利用した新しいタイプのワクチンで、一般的な不活化ワクチンのように、ウイルスを培養する必要がないために、大幅に開発と製造時間が短縮することが可能となった。

米モデルナの研究室で新型コロナウイルス薬の実験を進める研究者=2月(ゲッティ=共同)

 それでも感覚的には、通常より早くできたワクチンはどうも信用できない、新しいものは不安、長期的な副反応があるのではないかと、疑心暗鬼になる人も多い。10月末に行われたギャラップ世論調査によれば、FDAが承認した新型コロナのワクチン接種を受けると答えた人は52%、受けないと答えた人が42%だった。また米コロナワクチンに限らず、あらゆるワクチンに反対する人達もいる。

 ワクチン開発にかかわった研究者も、規制当局として審査にあたる専門家らも、「科学的な側面や開発プロセス、審査基準は他のワクチンと同じように厳格に行っている」と強調する。こうした政府からのメッセージに疑念を抱く人でも、自分にとって身近な医療従事者の意見に耳を傾ける場合もある。医療従事者が最初にコロナのワクチン接種することで、実体験から患者にワクチンの説明ができるというメリットもあるかも知れない。

 ▽偽情報の懸念 

 ファイザー社とモデルナ社の治験を通して、米国内だけでもすでに3万人以上の人がワクチンの接種を受けている。その経験から副反応は、注射した腕の痛み、頭痛、疲労感、微熱、関節の痛みなど接種後1~2日で改善する一過性のものであることが分かっている。米国立感染研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長は、「こうした接種直後以外でワクチンの副反応が起きる場合、その95%は接種後30日から45日の間に出る。そのためFDAでは緊急使用申請でも、治験の2回目の接種から60日間の安全経過を確認するまで申請は受け付けないという慎重な対応をとった」と説明した。また治験でも2年後まで、FDA側でも承認後の経過を追っていくことになっている。

新型コロナウイルスのワクチン開発のため、接種を受けるボランティア=9月、米フロリダ州(ロイター=共同)

 それでも副反応への受け止めには個人差がある。1回目の接種による副反応で怖くなり、2回目の接種をやめてしまったら意味がない。ワクチン接種が原因でコロナに罹患することはないのだが、副反応が新型コロナの症状と似ていることから、「ワクチン接種でコロナに罹った」という誤解がSNSで広がってしまう恐れもある。また何千人、何億人という人に接種すれば、偶然、ワクチンとは無関係の原因で体調を崩す人もでてくるが、そこから「危ないワクチン」という噂が立つ可能性もある。有害事象を見過ごさず、科学的に原因を特定し、迅速に正確な情報を共有していくことがワクチンの信頼性を維持するために重要となる。

 バイデン次期大統領は、すでにビベック・マーシー前公衆衛生局長、デービット・ケスラー元FDA長官らが率いるコロナ対策本部を立ち上げている。トランプ政権下では、コロナに関する偽情報がまん延し、マスク着用でさえ政治問題に発展した。米国は今、世界で最も深刻なコロナ感染に喘いでいる。また十分な医療サービスを受けることがでない低所得者、サービス業の第一線を担う黒人、およびラテン系からもコロナで多くの犠牲者が出ている。次期バイデン政権は、社会格差を解消し、すべての市民に公平、公正な社会を目指すという。コロナ対策でも、いかに政府や社会への信頼を取り戻し、科学的で正確な情報を伝え、人種や経済力にかからず、ワクチンの活用で感染、重症化リスクの高い人々を守っていくかという大きな課題に直面している。

記者会見するバイデン次期米大統領=米東部デラウェア州ウィルミントン(ロイタ=ー共同)

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