ラルシュかなの家のコミュニティ生活

第五回 死んでも生きる

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聖母の騎士社は印刷出版業務を行うことを目的として長崎県長崎市の聖母の騎士修道院内に設置されているキリスト教の出版社です。

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私は、日々天の故郷を目指し歩んでいる小さき旅人です。静岡で河津桜が開花する頃になると旅の途上でラルシュかなの家に出会った日のことを思い出します。それと同時にその春の訪れは東北のほうでは大震災があった3・11の日がまたやって来たことを意味し、かつて私が4年ほど過ごした福島の地で「死」と「命」に向き合い続けた記憶がよみがえってくる季節でもあります。今年の3・11に福島の地に立ちながら、去年10月かなの家から天国へ旅立っていったなかまの実さんのことを思っていました。

 去年の5月に病気が見つかってから10月に天に召されるまで実さんに寄り添えたことは私にとって神への信頼の旅となりました。「死」と真正面から向きあう実さんの姿から「死」は恐怖ではなく使命を全うした者が永遠へと入っていく神秘の瞬間であること、さらに「死」はそこで終わるのではなく、死んでも生き続けるのだと教わりました。

去年の1月頃の実さんは、台湾旅行に還暦祝いとイベントが続き、今までにないくらいに嬉しそうでした。実さんといえば、かなの家の創設メンバーであり、お父さんと呼ばれるくらいしっかり者、気遣いの人、そして、物事の本質をよく悟っているような人でした。また、生真面目過ぎる性格と言葉数が少ないがゆえに少々近寄り難いところもありましたが、一緒に行った台湾旅行では始終笑顔をみせ、大好きなプロレスをテーマにした還暦祝いでは、これから始まる第二の人生に希望で満ちあふれていました。5月に末期がんが見つかった時、これから亡くなる人とは思えないほど元気でした。7月頃になると徐々に食欲が落ちだし嘔吐もあり不安からか、8月からベッドの上で過ごす時間が多くなりました。「みんなは食べられるのに、どうして食べられないのかな」とか、「なんで僕が病気になったんだろう」と心の不安も口にするようになっていきました。9月になるとほぼ寝たきりになりましたが、「つらい」と自分から発することはほとんどありませんでした。眠れない夜は長く感じたでしょうに愚痴一つ言わず、怒らず、泣きわめいたりもせず、ただその日その日の自分と向き合っている姿が印象的でした。死の数日前になると、実さんが天に向けて手を挙げる動作を繰り返すようになりました。その手をアシスタントが握ってあげると、「違う、僕がつかみたい手はこの手じゃないんだ」と言わんばかりに手を払い、またすぐに天に向けて手を挙げ、必死に何かをつかもうとしていました。ああ、イエス様の手がもうそこまで来ているんだなと悟りました。

実さんの人生の最後の日、それは日曜日でした。私はたまたまその日、日曜当番とその晩の宿直当番でした。実さんの死が近いことはなんとなく感じていましたが、その日の夜に亡くなるなどと考えられる心の余裕がありませんでした。その日は、朝から実さんの部屋からベルの音が鳴り続けた日でした。助けが必要な時に実さんが鳴らせるように枕元に数ヶ月前から置いたハンドベル。私たちアシスタントに遠慮してか、それまで一度も鳴らしたことがなかったベルでした。駆けつけると、「苦しい」というので、呼吸しやすいように横向けに寝かせ、背中をしばらくさすってあげると、「大丈夫」といいます。でも背中から手を離すと途端にまたベルを探し鳴らすということをその日は一日中繰り返しました。いつも人に気を遣ってばかりの実さんが「そばにいて欲しい」と全身全霊で訴えていました。そんな中、あれほど「病気が治ったら行くよ」といって行きたがらなかった床屋に急に行きたいと言うので床屋さんに来てもらい、ベッドの上で散髪してもらいました。午後から大量に汗をかき、からだが急速に冷たくなっていったので私も覚悟を決めて一晩中実さんの背中をさすりながらそばにいることにしました。日付が変わる頃、睡魔が襲い私は不覚にも眠ってしまいました。ハッと目が覚めて、「しまった!」と実さんの方を見ると呼吸をしていませんでした。もう実さんがここにはいないという悲しみの涙とともに、ようやくあの優しいイエス様の手を握り安息に入れたんだなという平安がありました。「死」はもはや恐怖ではなく、神秘でした。そして、この「死」はここで終わるのではなく、実さんが生きた証は、誰かの人生のなかでこれからも生き続け、そして、いつの日か実を結び、また、誰かの人生に蒔かれていくことでしょう。

実さんが旅立った数日後、私は実さんと生前一緒に来た海岸にいました。穏やかな凪でした。波打ち際の砂の上に「実さん ありがとう」と書きました。すると波が急にやってきて文字をさらっていったのですが、波が去ったあとの砂に実さんからの返事が残っていました。「ありがとう」と。(ラルシュかなの家 チョウ・シミ)

聖母の騎士 2019年5月号より掲載

社会福祉法人ラルシュかなの家 https://larchejapankana.localinfo.jp/