「自然の限界認識した経済システム設計が必要」:ナオミ・クライン氏が新著で語る

Credit: Kourosh Keshiri

世界的ジャーナリストのナオミ・クライン氏の新著『地球が燃えている―気候崩壊から人類を救うグリーン・ニューディールの提言(原題:On Fire: The Burning Case for a Green New Deal)』が11月に邦訳出版された。12月1日、同氏がNPO気候ネットワークの開催した「米国大統領選後の世界と気候危機の処方箋」をテーマにしたオンラインセミナーに登壇した。コロナ禍における今、米国大統領選ではバイデン氏が当選し、脱炭素に向けた世界の足並みがようやく揃おうとしている。だが、新著の中で彼女自身が〈残された時間はあと10年〉と記すほど逼迫している気候危機を、人類はどうすれば切り抜けることができるのか――。そんな問いに対し、ジャーナリストであると同時にアクティビストとして長年、資本主義と気候変動問題に向き合ってきた彼女が自身の信条と解決策への道筋を語る。(廣末智子)

気候はすべての土台であり、家のようなもの

「気候危機は課題ではなく、メッセージであると私は受け止めています。洪水や火災、干ばつなどによって、われわれのシステムが危機に直面しているというメッセージが語られているのだと。気候はすべての土台であり、われわれの家のようなもの。その中には、経済、健康、ジェンダー…とあらゆる問題が含まれています。家が危機に直面しているのですから、家の中にあるすべてのものも危機に直面しているということなんです」

気候ネットワークによるインタビューの冒頭、「気候変動をどのような問題と受け止めればよいか」と聞かれて彼女はそう語った。2019年に刊行された新著『ON FIRE』の意味もずばり、私たちの共通の家が燃えている、すなわち地球が緊急事態にあることを指している。そして〈地球のトレンドと政治のトレンドは、お互いのあいだで一種の死に至る対話を交わしている〉といった表現に象徴されるように、新著の中では、近代資本主義と、グローバル化の名の下に無制限の消費で成り立つ経済システムとが、気候崩壊の急速な加速を引き起こしたことを、例えば、〈新自由主義として知られる野放しの資本主義が世界中に解き放たれたことがここ数十年に世界全体の排出量が破滅的に急増した最大の要因〉というように強い論調で指摘している。

この資本主義と気候危機との闘いという論点について、インタビューでは「資本主義の下では、自然にとっていいことと、人間にとっていいことがかけ離れています。人間が生きる上で、自然界と人間の関係性について意識し、きちんとバランスを取ることが大事です」とシンプルに説明。一例として、新型コロナウイルスの影響で世界が危機に陥る一方、ロックダウンなどにより各地で大気汚染の濃度が下がるなど、自然界に回復が見られたことを真っ先に挙げた。もっとも、過去50年間で排出量が大幅に減ったのは、共産主義が崩壊した時、大恐慌や金融危機の時だったことにも触れ、「つまり、自然界に限界があるということを認識した経済システムができていないということ。ですから、これまでとは異なるシステムを設計することが必要なんです」と続けた。それこそが、本の中で提言するグリーン・ニューディールだ。

グリーンな職、安価な住宅…求める声

コロナは先生として捉えるべき

グリーン・ニューディールとは、1929年の大恐慌後にルーズベルト大統領が行った経済手法に発想を得た、気候変動と経済格差の両方に対処するための政策提案で、10年ほど前から世界各国でこれに沿った政策が検討されてきた経緯がある。米国ではオバマ政権の時にも議論に上ったことはあるが、今まさに進められようとしているのは、米国史上最年少の女性下院議員として注目される民主党のアレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏が、エド・マーキー上院議員とともに2019年2月に発表した、社会インフラの大転換と経済モデルの変更を柱とする決議案。その内容は、再生可能エネルギー、エネルギー効率向上、クリーンな輸送手段への莫大な投資だけでなく、高炭素産業からグリーン産業へと移動するすべての人に仕事を保障するというもの。また、これまで汚染産業の矢面に立たされてきたコミュニティが移行の恩恵を受け、地域レベルでその設計に関与すること、さらに国民皆保険や保育、高等教育の無償化を盛り込んでおり、この中に、クライン氏の主張もすべて含まれている。

「今、若者たちは自分や親のために、グリーン・ディールが欲しい、今とは違う生活のためにグリーンな職、安価な住宅、無料の公共交通が欲しいんだと声を上げています。気候を単に環境の問題ではなく、経済や雇用のエンジンとして捉え、より人間的な都市インフラのあり方として見ているわけです。これは本当に大きな変化です。これまで気候危機というのは豊かで生活に困っていない人が心配する問題だというふうな見方が多かったのが今、大きくシフトしている。非常に多くの若い多様な人たちが、気候とは社会的な正義、そして経済的な正義を獲得するための手段として見、運動を率いています。そしてこの運動が、バイデン氏、ハリス氏の背中を押していると思います」

新著は2019年3月、125カ国で160万人もの若者が実行した気候ストライキの場面にはじまる。そしてそれはスウェーデンの当時15歳の、グレタ・トゥーンベリ氏が始めたものであると同時に何千人もの多様な学生リーダーや教師、支援組織によってつくられたものであると綴っている。つまりそうしたムーブメントは、コロナ禍以前から世界中に広がりを見せていた。それが今、コロナ禍でより重みを持って受け止められているというのだ。

「経済的な危機とパンデミックと。大統領が就任する際に、この両方があったことはかつてありませんでした。バイデン氏はオバマ政権で副大統領をやっていた時、こういうことに取り組むこともできたがそれをしなかった。でも今、新政権は、人種の正義、健康、雇用といったものと気候を結びつけていくと言っている。これは希望を与えてくれることです」

すべての土台である気候問題が今、さまざまな社会問題を炙り出し、ブラック・ライブズ・マターをはじめ、カナダでのパイプライン拡大阻止をめぐる先住民の大掛かりなデモ、南米チリでのネオリベラルな経済政策への抵抗運動などにつながっている。こうした抑圧されたすべての人々を結集させる運動がグリーン・ニューディールを突き動かす大きな力になる、と彼女はみているようだ。

コロナ禍で求められているニューノーマルについては、「われわれはコロナを通じて、人生において何が本当に必要なのかを学んだと思います。そこから、自分にとって本当に不可欠なものから自分の生活を構築していくことが必要です」と強調。さらに、新著の中で〈すでに金持ちで影響力が強い者たちが、いかにして集団的なショックの痛みとトラウマを決まった方式で悪用し、さらにもっと不平等で非民主的な社会を築こうとしてきたか〉の典型的な事例として挙げる、2018年、ハリケーン・マリアによって打撃を受けたプエルトリコを訪れた時の経験から、「プエルトリコの方々はハリケーン『マリア』はある意味、教師だったと言っていました。食料の安全保障について、エネルギー保障の重要性について教え、気づかせてくれたと。コロナも同じように捉え、先生としてみるべきです」と続け、コロナの教訓をワクチンができた後の生活に反映させることが重要と語った。

先進国は途上国に「気候負債」がある

一方、先進国のグリーン・ニューディール政策は南米やアフリカなどへの搾取や収奪を強めてしまうのではないかという質問に対しては、「私たちのミッションであるゼロエミッションを15〜20年の間にやらねばならないといった時に、世界規模でのグリーン・ニューディールは必要。これまでのようにロジカルな成長をつづけることに対しては異議を申し立てないわけにはいきません」と強調した上で、「太陽光や風力からエネルギーを生み出す。例えばグローバル・サウス(主に南半球にある途上国)からの採掘はやめる。グリーンエネルギーのための採掘というブームに関しても慎重に対応する必要があります。国際社会としてはよりグローバルなレンズをかけて見る必要がある」と指摘。著書の中でも幾度も強調している、現在の気候危機に関して、先進国には途上国に対する負債があり、それを支払っていかねばならないという論理を主張した。

また、菅首相が2050年までのネットゼロを表明する一方で、その一つの手段として原子力のテクノロジーを高める議論もなされている日本の現況について聞かれると、「原子力については、福島の惨事を日本の友人たちからも聞いており、なんと申し上げていいか。日本にはあの災害を触媒として再エネの開発を加速し、化石燃料を減らしていくことが期待されたわけですが、そうはならなかった。なるべきだったし、できるはずでしたが」と残念な気持ちを吐露した上で、「原子力発電所は古い物から順番にフェーズアウトしていくと思う。スタンフォード大の最新の研究でも、100%再エネは実現でき、原子力は必要ないということが分かっている。つまり、新しい原子力発電所は必要ない」と述べた。

新著は2010年6月〜2019年4月に書かれた長編レポートや講演内容などのエッセイを時系列で編成したものだが、その10年の間にも著書の言葉を借りると、〈この惑星はとてつもない修復不可能な損傷を受けた。北極海の氷は急速に消失し、サンゴ礁は大量に死滅した〉。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、このままいけば21世紀が終わるまでに世界全体で3〜5度の温暖化が進むと言い、これを1.5度に食い止めるよう経済活動を方向転換させるには、2050年までにネットゼロを達成する必要があるのはもちろん、〈わずか12年のうちに世界全体の排出量を半分に削減せねばならず、この本が出版されたときには11年になっている〉。本が邦訳刊行された今では、本の帯にあるように〈残された時間はあと10年〉というわけだ。

「美しい自然が失われるのは悲しいですが、これとともに生きていく必要があります。生き抜かなければいけません。私たちは過去数カ月の間に、確実に住む場所を人に与え、医療や食料を提供しなければいけないことを学びました。コミュニティやネットワークに対する投資も必要です。COVID-19はこれから来るショックを示唆していると思いますが、COVID-19が最後の大きなショックというわけではないのです。これからは少ない土地に生き、反人種主義も実現していかねばなりません。生き残るためには非常に大掛かりな根本的な変化が必要です。火は生命の源であり、若者たちの気候の運動の中にも、先住民の権利の運動の中にも、新しい世代の政治家の中にもそれは見られます。私たちも彼らと一緒になって希望を持って生きていくことが大事です。愛する地球が危機に瀕している。自分の中で何を燃やせば、この歴史的な時代に正面から取り組んでいけるか、そう問うてみてください」

セミナーは、クライン氏がカナダ・バンクーバーからオンラインで登壇、気候ネットワークの平田仁子理事が質問し、同時通訳で発信する形式で行われた。クライン氏は、『ブランドなんかいらない』(2000年)『ショック・ドクトリン』(2007年)など世界30カ国以上で翻訳されているベストセラーを通じて資本主義の持つ暴力性を鋭く批判し、その根底にある問題と気候問題とを関連づけて論じてきた。さらにオーストラリアや欧州の各地で気候変動をめぐる討論やイニシアチブに幅広く参加し、活動家としても知られている。新刊『地球が燃えている』は中野真紀子・関房江の訳で、大月書店刊。

「気候崩壊は新たなショック・ドクトリンとエコファシズムを生み、さらには文明を崩壊させる。だからこそ、資本主義に終止符を打ち、脱成長型経済をめざすグリーン・ニューディールが必要だ。「社会主義か、絶滅か」。これは、かつてないほどラディカル化したナオミ・クラインによる革命の書だ!」
――斎藤幸平(経済思想家、『未来への大分岐』『人新世の「資本論」』著者)

「ナオミ・クラインの作品はいつも感動的で進むべき道を教えてくれます。この気候危機の時代のできごとを克明に記録し、世代をまたいで刺激を与え続けています」
――グレタ・トゥーンベリ(環境活動家、「Fridays for Futures」創始者)

書名:『地球が燃えている――気候崩壊から人類を救うグリーン・ニューディールの提言』
著者:ナオミ・クライン(著)中野真紀子、関房江(訳)
定価:本体2,600円+税 四六判上製376ページ
出版社:大月書店

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