野球界が初めて「指導者資格」を導入 縦割り廃し、選手中心のスポーツへ

日本サッカー協会の女性指導者限定ライセンスの講習会で指示する、なでしこリーグ千葉ユース監督の三上尚子さん(中央)=15日、千葉市(日本サッカー協会提供)

 全日本野球協会(BFJ)が11月11日、「U―12世代」の指導者を対象にした「公認野球指導者」資格の導入を発表した。これは、野球界にとって画期的といえる。硬式や軟式、準硬式など使用するボールによる区別、所属団体による縦割りに関係なく取得できる資格は初めてだからだ。そして、指導者資格取得に欠かせないのは、スポーツにおいては何より選手を中心に考えるという「プレイヤーズセンタード」の思想だ。(共同通信=山﨑惠司)

 ▽競技人口減少招くもう一つの原因

 日本の野球界は、同じ団体球技のサッカーやバスケットボール、ラグビーなどのように、日本協会の下、日本代表を頂点にした三角形の構造になっていない。大学生や高校、社会人、プロ、軟式などがそれぞれに団体を作って独自に運営している歴史的経緯がある。こうした独特の事情を抱える野球界が年齢限定とはいえ、このような資格を導入した意義は大きい。正式名称は「公認野球指導者 基礎Ⅰ U―12」で、「U―12世代」は11歳と12歳が対象だ。

 国民的スポーツと言われてきた野球だが、取り巻く環境は厳しさを増している。少子化の進行に加え、子どものスポーツが多様化。サッカーやラグビー、バスケットボール、水泳など他競技との競合が激しさを増した。その結果、野球の競技人口の減少が進んでいる。これをいかに食い止めるか、知恵を絞らなければならない。

 U-12世代は少年野球の小学生レベルに相当する。小学生で野球を始める子どもは少なくない。子どもが初めて接する指導者が、その子の野球との関わりに与える影響は大きい。この年代の指導者のレベルアップは、野球という競技にとって、緊急で重要な課題だった。

 資格導入を発表する記者会見に同席したBFJの山中正竹会長は「指導者の問題による競技人口の減少はあるかもしれない。

山中正竹氏

(競技の)入り口で間違えなければ、技術は伸びていくし、子どもは育っていく」と、導入の理由を強調した。

 今回は「U-12世代」だけが対象だったが、BFJでは15、14、13歳の「U-15」でも指導者資格を導入する準備を進めており、さらには6歳から8歳の資格も整備したい意向を持っている。

 BFJという団体は野球ファンでもなじみが薄いかもしれない。だが、国際競技団体(IF)の世界野球ソフトボール連盟(WBSC)に対する、国内競技団体(NF)である。要するに、世界に対して、日本野球界を代表する、いわば「窓口」となる組織だ。

群馬県スポーツ少年団は2015年から軟式野球の指導者を対象としたライセンス制度を導入している。整形外科医による講演を聴く少年野球の指導者ら=15年2月、群馬県桐生市

 ▽ライセンス取得は〝常識〟

 「公認野球指導者」の資格取得は「任意」となっている。これに対し、記者会見では「取得を義務付けないのか」との質問が出た。

 ちなみに、他競技はどうなっているのだろうか。

 サッカーは、日本サッカー協会(JFA)が年齢階層別など、いろんなレベルの公認指導者ライセンスを定めている。Jリーグで指揮を執るためには最高位のS級コーチライセンスの取得が求められる。それ以外は義務化されていないが、各種の指導者養成講習会を実施し、修了者には公認ライセンスを付与する。

 日本バスケットボール協会はコーチライセンス取得を完全義務化。公式戦で指揮を執るコーチには、大会レベルに応じた資格の取得が必要とされる。公式サイトで、指導者のあり方について、以下のように説明する。

 「当協会では、常に世界に通用する選手の育成を視野に入れた広いビジョンを持ち、幼い頃から正しい基本(ファンダメンタル)の徹底と発育・発達段階に応じた一貫指導ができる指導者を養成するために、2015(平成27)年度よりコーチライセンス取得を完全義務化し、日本全国で講習会やリフレッシュ研修会などを定期的に実施しています」

 日本ラグビー協会も、加盟チームに資格を有する指導者を監督またはコーチとして必ず置くことを求めている。このほか、大会出場チームには、その大会に応じたレベルの資格を有する指導者を監督またはコーチとして配置することを義務づける。

  一度、ライセンスを取得したら終わりではない。研鑽のための仕組みを各競技は設けている。サッカーは、公認ライセンスを付与された指導者が、ライセンスを維持したい場合のために「リフレッシュ研修」を設けている。バスケットは多くのレベルでコーチライセンスの更新に「リフレッシュ研修」の受講を必須としており、資格有効期間内にこの研修を受講しなかった場合、資格失効と定める。ラグビーも同様で「ブラッシュアップ研修」を受講することで資格が延長できるとする。

 これらの他競技に比べると、スタートしたばかりの野球の指導者資格はいかにも発展途上という印象が否めない。これを意識しているのか、各年代の資格を整備していく過程で、将来的には義務化の検討もあり得るとしている。

自殺した男子生徒が通っていた市立桜宮高の校門前で手を合わせる人=2013年1月14日午後、大阪市都島区

 ▽源流は1964年の東京五輪

 日本スポーツ界の総本山、日本スポーツ協会も「公認スポーツ指導者制度」を制定している。2020年10月時点で、さまざまな競技(軟式野球は含むが硬式野球は含まず)で計16万5816人が登録しているこの公認指導者制度は、前回の東京オリンピックの翌年、1965年に源流を持つ。「東京オリンピックでの競技者育成・強化のノウハウを全国へ。スポーツ医・科学に立脚したスポーツトレーナーの養成を開始」と、日本スポーツ協会の前身である日本体育協会の指導者育成50年のあゆみ(年表)にある。

 日本スポーツ協会で公認スポーツ指導者制度を担当するスポーツ指導者育成部育成課の酒井元照さんは「指導者の役割は、選手がスポーツをすることで人生を豊かにできるか、適切にガイドすること。スポーツを楽しんで、好きになってもらうということで、指導者の役割は大きい。日本のスポーツ界に公認スポーツ指導者制度は貢献しているのではないか」と意義を強調した。

 6年後の1971年には「スポーツ指導員」の養成がスタート。さらに6年後の77年に日本体育協会(当時)の「公認スポーツ指導者制度」が創設された。その後、88年と2005年の改訂を経て、19年に3度目の改訂が行われた。

 ▽プレーヤーズセンタード

 日本スポーツ協会の制度は複雑多岐にわたるため、説明を省略するが、3度目の改訂で基本的な考え方に重要な変更がなされた。

 それが「プレーヤーズセンタード」の導入だ。

 3度目の改訂に至った背景には、2012年から13年にかけて明るみに出た指導者による深刻で痛ましい体罰、暴力事件があった。12年12月、大阪・桜宮高の男子バスケットボール部主将が顧問の教諭から体罰を受けて自殺。翌13年1月には、監督らの暴力を女子柔道強化選手が日本オリンピック委員会(JOC)に告発していたことが報じられ、大きな問題となった。

 スポーツ界に衝撃を与えただけでなく、社会問題化した指導者の暴力事件。危機感を深めた文部科学省から日本体育協会(当時)が「コーチ育成のための『モデル・コア・カリキュラム』の作成事業」を受託。その内容を反映して、19年4月、「公認スポーツ指導者制度」が改訂された。

 改訂版で「公認スポーツ指導者」は次のように規定されている。「スポーツの価値やスポーツの未来への責任を自覚し、プレーヤーズセンタードの考え方のもとに暴力やハラスメント等あらゆる反倫理的行為を排除し、常に自らも学び続けながらプレーヤーの成長を支援することを通して、豊かなスポーツ文化の創造やスポーツの社会的価値を高めることに貢献できる者である」

 「プレーヤーズセンタード」という言葉は耳慣れないが、日本語にすると「選手中心主義」というところか。これに関しては以下のように補足説明されている。「プレーヤーを取り巻くアントラージュ(プレーヤーを支援する関係者)自身も、それぞれのWell―being(良好・幸福な状態)を目指しながら、プレーヤーをサポートしていくという考え方」

 15年3月にまとめられた「モデル・コア・カリキュラム」の作成事業報告書には「プレーヤーズセンタード」は登場せず、代わって「アスリートファースト」という言葉が使われている。トランプ米大統領で有名になった「アメリカファースト」や「都民ファースト」のように「競技者第1主義」という意味だろう。

 「モデル・コア・カリキュラム」の作成事業に作業部会のメンバーとして関わった日体大の伊藤雅充教授は「プレーヤーズセンタード」の指導を主唱している。

 「海外のコーチ学ではアスリートセンタード(競技者中心主義の意味)という言葉が一般的。何々ファーストのように、人に序列をつけることがない。アントラージュは選手を取り巻く人々、ステークホルダー(利害関係者)ということですが、選手だけでなく、コーチ自身も幸せになってもらう必要があります。お互いを尊重しようということです」

記者会見を終え、頭を下げる当時の柔道女子日本代表監督(右端)=2013年1月31日午後、東京都文京区の講道館

 ▽技術や戦術より大切なもの

 日本スポーツ協会が作成した「スポーツ指導者のための倫理ガイドライン」という冊子の冒頭に「スポーツを愛するすべての人へ」という18年7月付日本スポーツ協会会長のメッセージが掲載されている。その中に、スポーツ指導者に向けた言葉があり、筆頭に「プレーヤーズセンタード」が掲げられた。

 ここでは「スポーツの主役はプレーヤーです。スポーツ指導者自身の考えを一方的にプレーヤーに伝えるのではなく、気づきを促し、成長に導いていくコーチングを目指しましょう」と呼び掛けている。

 「プレーヤーズセンタード」はスポーツの技術や戦術より大切な「指導者と選手の関係性」を規定する考え方だ。約7年前に次々と明るみに出た衝撃的な事件を経て、スポーツ界が再生しようとする動きのキーワードの一つ。こうした考え方の理解は、各競技団体の指導者資格、ライセンス取得に欠かせないものとなっている。

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