トヨタの燃費優等生・ヤリスが走りの刺激度でも魅せる 「GR」モデルに試乗

トヨタが世界中で展開するモータースポーツ活動の中心にあるのが「TOYOTA GAZOO Racing(以下、TGR)」です。そして、「モータースポーツ用の車両を市販化する」という強い想いから生み出された市販ブランドが「GR」のエンブレムを与えられたバリバリのスポーツカーです。そこに今回、コンパクトモデル「GRヤリス」が加わりました。


競技車両のベースにもなるGRヤリス

世界中のモータースポーツで活躍しているTGRは、トヨタのワークスチームとして圧倒的な認知度を誇っています。さらに、ここから「GR」のエンブレムを付けてリリースされる市販車といえば、過酷なレースで得られた数多くの情報をフィードバックして仕上げられた、本格派のスポーツカーばかり。世界のクルマ好きにとって、関心の的ともいえるモデルが揃っています。

そんなラインナップに今回、新たに投入されたのが、省燃費とソフトな乗り味が自慢のヤリスをベースに仕上げられた「GRヤリス」です。今後は世界ラリー選手権(以下、WRC)に投入されるWRカーといわれる競技車両のベースになる予定といえば、少しはその凄さもおわかり頂けると思います。ただ、少しばかり残念ですが、新型コロナ禍や競技レギュレーションの変更などをはじめ、色々な問題のために2021年のWRCにはニューモデルの投入がキャンセルされ、プランは幻となってしまいました。

それでも、前評判の高かった市販モデルのデビューはなんとか実現しました。2020年の1月10日に、先行予約限定のモデルの「RZファーストエディション(396万円)」と「RZハイパフォーマンス・ファーストエディション(456万円)」の受注をウェブ限定でおこないました。すると、なんと受け付け開始から約2週間でいきなり2,000台以上を受注。ファーストエディションの受注が終了する6月30日までの半年間で6,000台の受注を集めたのです。

そして9月からは台数限定などの条件のないレギュラーモデルの発売が開始となりました。もちろん価格やパフォーマンスには変更はありませんが、ラインナップは、より充実しました。本命ともいえる最強グレード「RZハイパフォーマンス」と装備を少し落とした「RZ」に加え、「RC」というモータースポーツのベース車両を330万円で用意しました。ここまでは「GR-FOUR」と呼ばれる最新の4WDシステムを搭載した4WD車で、最高出力272馬力のエンジンを搭載しています。この3タイプの他にFF(前輪駆動車)モデルで、120馬力のエンジンの「RS」を265万円も用意しました。こちらはGRヤリスの“入門用モデル”といえる仕様です。こうして全4グレードが準備されたわけですが、今回、試乗したのは最強モデルの「GRヤリス・ハイパフォーマンス」です。

日常で使えるスポーツカーの魅力

目の前に現れた3ドアハッチバックのGRヤリスは、オーラが半端ありません。前後のフェンダーは大きく張り出し、マットブラック塗装を施した大きなラジエーターグリルと、その両側にフロントサイドディフューザーと呼ばれる空力パーツまで付いていて迫力満点です。そして2本出しのエギゾーストパイプと黒いディフューザーを装備したリアバンパーの眺めもなかなかの迫力です。

さらに3ドアハッチバックのサイドからの眺めもなかなか魅力的です。実はノーマルのヤリスには5ドアハッチバックのモデルしかありません。つまり、このボディはGRヤリス専用に開発されたものであり、スポーティな雰囲気を存分に演出しているのです。ルーフラインは後ろに行くほどなだらかに下がり、後端には真っ黒なリアスポイラーが待ち受けるというフォルムはクーペっぽい表情を見せます。これがなんとも可愛らしくもあり、迫力もあり、という演出でかなりの存在感を発散します。

一方で実用性という点から考えれば、パッケージングの優れたヤリスがベースであるという利点が光ります。リアシートを前方に倒せばゴルフバッグを2セットとか、サーキット走行用のタイヤが4本とか、楽々と積み込めます。こうした使い勝手を犠牲にしていないところも、このクルマの魅力でもあります。

このように細部をチェックしていて、最初に感じたのはボンネットもドアも、そしてリアハッチもアルミ製と言うこともあって、何とも軽いということです。ちょっぴり頼りなさげに感じる重量感ですが、もちろんこれは走りのための軽量化です。おまけに真っ黒なルーフは軽量でありながら高い強度を持っているカーボン製です。徹底した軽さの追求は優れたスポーツカーにとって必須の手法です。当然のことですが、こうした走りのためのこだわりは細部に渡っていて、ありとあらゆる部分に“本物ならではの仕掛け”がふんだんに散りばめられているのです。GRヤリスがスポーツカーとして人気を得ているのは、こうした本物を、日常的に使えるというところにあるのだと思います。

高性能モデルの快適な走り心地

さっそく軽量ドアを開け、RZハイパフォーマンス専用となるプレミアムスポーツシートに体を納めます。ウルトラスエードと合皮が組み合わされたバケットシートは、ガチガチに角が立ったスポーツシートとは違い、なんとも座り心地がよく、快適です。さっそくクラッチを踏み込み、エンジンスタートボタンを押すと、少々頼りなげなサウンドと共に1.6Lの3気筒ターボエンジンが目覚めます。最近乗った何台かのハイパフォーマンスカーのエンジン音と比べると、ずいぶんと控えめです。周辺環境に及ぼす影響を考えると、このエンジン音の設定は十分に共感できます。

シフトを1速に入れ、いよいよスタートです。こうした高性能モデルにありがちな、気難しさなどは少しも感じることなく、あっけないほど簡単に発進します。路面の凸凹も、細かな振動としては伝わってきますから、ガッチリとした骨格の強靱さやサスペンションの硬さは低速でも十分に感じます。かといって不快さがあるかといえば、それはほとんど感じなのです。ごくごく普通の乗り心地で街角を駆け抜けていきます。ステアリングの操作感も軽いし、クラッチの踏み込みに格段の踏力がいるわけでもありません。なんと快適に、何気なくノーマルのヤリスのように使えるのです。

ところがそんな表情が一変したのは首都高速に乗り込んだときです。合流車線から一気に加速して本線に入る。強烈な加速感を伴って、苦もなく本線に合流し、そこからは楽しさが炸裂します。曲がりくねった環状線のコーナーをピタッと張り付くように、そして切れ味鋭く駆け抜けていきます。その感覚は温めたナイフでバターの表面をなぞるように自然なもので、なんとも気持ちいいものです。路面の大きなうねりや路面の繋ぎ目を通過してもボディはミシリともいいません。ハイパワー4WDの駆動力とハイグリップタイヤのお陰もあって、なんとも安定したコントロール性を披露してくれます。

さらに気持ちがいいのはコーナー手前のブレーキングです。実に自然に、しかし確実にグググッと車速を落としてくれる制動能力の高さは本当に快適で安心です。ストレス少なく高性能を楽しめるというのは優れたスポーツカーの証だと思います。こうなると、どんどん楽しくなっていきますが、このまま調子に乗っているとオービスのお世話になるかも、というところで気分にもブレーキを掛け、高速から一般道へ。ここからまた、ごくごく優しいヤリスの表情を取り戻してくれます。この瞬間、本物のスポーツカーを日常使いすることが、どれほど贅沢で魅力的なものかということを改めて考えさせられました。

さらにWRCのレギュレーション変更により、2022年からはハイブリッドシステムの導入が行われることになります。そうなると純粋にガソリンエンジンで楽しめるGRヤリスはこれが最後となれば、希少性も出てきての456万円です。クルマ好きにはちょっぴり悩ましい存在となるかもしれません。

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