ほぼ男性社員だけの高知の中小メーカーが、たった1年で平均110日間の男性育休を実現できたワケ

政府は「男性の育休取得率を2025年までに30%に」という目標を掲げていますが、2019年度の男性の育児休業取得率はわずか7.48%に過ぎません。一方で、育児休業を希望しながら取得できなかった男性社員は4割弱もいます。

今年、厚生労働省の「イクメン企業アワード」でグランプリを取得した高知県の中小メーカーは、取り組みを始めたその年に対象者の3割が平均3か月以上の育休を取得。「社員のほとんどが男性の製造業」「代替人員が少ない中小企業」「保守的な地方」と、かなりハードルが高そうな企業ですが、一体どんな施策が行われたのでしょうか。


男性社員8割超え企業がグランプリ受賞

今年の「イクメン企業アワード2020」でグランプリを受賞した中小メーカーとは、高知県の株式会社技研製作所です。男性社員が8割を超える小さなメーカーで、しかも保守的とされる地方都市にある会社。

2019年度は男性の育休対象者20人のうち、3割にあたる6人が取得。しかも、平均取得日数が110.2日という非常に高い水準を達成しました。

実はつい最近まで、同社は昭和の価値観を強く抱く組織でした。2008年から2018年まで、配偶者が出産した男性社員150人の育休取得率はゼロ。抜本的な企業改革が必要でした。

こうした現状に危機感を覚え、2018年4月に社員の幸福や満足度を向上させる「ポジティブ・アクションプロジェクト」が発足。2019年6月に中堅の女性社員を中心にした男性育休取得推進チームが誕生しました。

一体何をしたのか

チームは、社内アンケートを取って育休取得における不安要素を聞き取り、個別に対象となる男性社員に、「育休取りませんか」と積極的に声がけを行いました。

アンケートの結果、社員とその妻の多くが危惧していたのは、「育休を取ったらお給料がもらえなくなる」ということ。そこで育休中の給付金を計算できる独自のシミュレーションツールを作成。「金銭的な問題はない」と実感してもらいました。

さらに、グループ全体で対象者とその上司への説明会を実施し、育児休業を取得しやすい雰囲気を作り出しました。社内のイントラネットに「育休専用ページ」を開設。「男性育休のすすめ」という資料を掲載し、取得手続きのマニュアルやQ&Aなどを伝えました。

同社の経営戦略部情報企画課の庄境大貴さんは、推進チームが女性を中心に作られたことが大きかったと言います。「メンバーが女性中心で活発な意見交換が行われたこと、女性ならではの柔軟な思考や新しい考え方を積極的に採用し、型にはまらない仕事の進め方を推進したことが短期間で結果を生むことに繋がりました」と振り返りました。

本人だけでなく同僚も働きやすくなる仕組み

11月に行われた「イクメン推進シンポジウム2020」で、静岡県立大学の国保祥子准教授は「男性育休を業務や職場の改善にまでつなげている素晴らしい例」だと同社の取り組みを絶賛。

「これほど長期間の不在を前提とすると、業務の属人化の廃止や効率化、後輩の育成が必須となります。製造業ながらペーパーレス化などの業務転換に取り組み、プロジェクト発足から短期間で結果を出しました。男性育休によって当事者だけでなく同僚もその恩恵を受けられるという、職場全体のメリットに寄与したやり方だと思います」と語りました。

中央大学の高村静准教授も、「政策の実効性が高く採用にも活かしています。女性のための子育て推進策ではなく、地方都市でもここまでやれるという力を発揮したことはすごいこと」と感心していました。

男性社員が多い中小企業、古風な地方企業が男性育休を推進していくことは、社会全体が子育てしやすくなることに繋がります。庄境さんは「既成概念に捕らわれないことが重要。男性育休は会社組織と人材育成、業務効率化の面でもプラスに働きます。休暇を取得した社員も子育てを通じて限られた時間の使い方を考え直し、会社にとってメリットは大きい」と話しました。

積水ハウスが取り組む本気の男性育休の完全育休

そしてグランプリの2社目に選ばれたのは、積水ハウス株式会社でした。

同社は2018年9月に独自制度「イクメン休業」を制定。3歳未満の子どもを持つグループ社員に対して育児休業1ヶ月以上の完全取得を推進しています。最初の1ヶ月を有給扱いにし、最大で4回の分割取得が可能です。

その結果、2020年10月現在、対象の男性社員741人全員が1ヶ月以上の育休を取得しました。取得率100%です。

特筆すべきなのは、人事評価に育休取得を反映しないための施策と、「家族ミーティングシート」を配布し、家庭で話し合う機会を求めたところです。申請にはパートナーのコメントと署名が必要になるなど、「夫は育休を取ったけど家事育児をしてくれない」という形ばかりの男性育休に企業側が「NO」を突きつけています。

「弊社は男性育休取得率100%です」というデータを示しながらも、フタを開けてみるとたった数日間の取得しかないケースは珍しくありません。同社は中身が伴った“本気の男性育休”を達成しています。

また、こうした取り組みから得られた気付きを社会に還元すべく、実態調査「イクメン白書」や産官学で男性の育児参画を考える「イクメンフォーラム」を開催。家や家族の幸せを考える住宅メーカーとして、社会全体の“家に帰る”気運を高めた活動も高評価となりました。

航空業務やコールセンター業務ではムリ?

その他のイクメン企業アワードには、奨励賞に双日株式会社、理解促進賞に江崎グリコ株式会社、特別(コロナ対応)賞に日本航空株式会社、特別(地方特別)賞に株式会社プロトソリューションが選ばれました。

日本航空株式会社はテレワークを前提とした出社日数や出社率のガイドラインを策定して、業務プロセスを改革。株式会社プロトソリューションはコールセンターのテレワーク化を実現させ、育休が取りやすい環境を整えました。

認定NPO法人フローレンス代表理事でイクメンプロジェクト推進委員会座長の駒崎弘樹さんによると、今年のイクメン企業はコロナ禍という厳しい状況にあっても男性の育児参画を促せたかどうかが問われたそう。例年よりも厳しい環境であったために、今年表彰された企業や個人の努力は並々ならぬものだったことを総評しました。

総評をする認定NPO法人フローレンス代表理事でイクメンプロジェクト推進委員会座長の駒崎弘樹さん

現在は日本全体の男性育休取得率が非常に低いために、「男性社員が育休を取れる」というだけで企業のアピールポイントになることもあります。しかし必要なのは、取得に至るまでの対応や残された同僚たちに負担やしわ寄せが来ないマネジメント、育休が終わってからも続く働き方の変革でしょう。

今年の「イクメン推進シンポジウム2020」からは、「この業界だから男性育休やテレワークのような働き方改革は無理だ」と、最初からさじを投げることでは社会は変わらないという、企業側からの強いメッセージが受け取れました。

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