プロ野球巨人のエース菅野智之投手が、ポスティングシステムを申請してメジャーリーグ(MLB)入りを目指す。
12月8日に球団が申請を認めたことにより、米国での争奪戦が始まった。
この時点で交渉は解禁されて、期限は日本時間の来年1月8日午前7時までとなる。
コロナ禍の今後や交渉次第では、巨人残留の道も残されているが、MLBでもその評価は高く「メジャーリーガー菅野」の誕生は確定的だ。
「(来季は)どこで何をしているか分からないですが、どこのチームに行ってもやるべきことは変わりません」
MLB挑戦が明らかになって以来、初めてファンの前で発言したのは、東京で行われたファン感謝イベントのこと。
表現は曖昧でも、挑戦への決意にほかならなかった。
今季の成績は14勝2敗。防御率1.97は非の打ちどころがない。最多勝と最高勝率のタイトルを獲得し、チームのリーグ2連覇に貢献した。
今やソフトバンクの千賀滉大投手と並ぶ球界を代表する大エースである。
かねてからMLB挑戦の夢は語っていたが、これだけ圧倒的な働きを見せれば、球団側もその貢献度を認めて後押しするしかなかった。
すでに米国では多くのメディアが「菅野特集」を組むなど注目を集めている。
MLBでは日本人投手の評価が高くダルビッシュ有(カブス)前田健太(ツインズ)田中将大(ヤンキース)らが主戦投手として活躍している。
菅野も日本での実績から彼らと同等に近い評価をされている。
今季は投球フォームの改造でストレートの球威は150キロ台まで増し、切れ味鋭いスライダーにフォークボールも駆使する投球術は高いレベルで安定している。
MLBもコロナで揺れて今季のレギュラーシーズンは60試合に短縮、球団経営が厳しいチームも多いが、菅野クラスの選手となれば話は別だ。
すでにヤンキース、パドレス、レッドソックス、ジャイアンツ、エンゼルスなどの複数球団が獲得に動き出しているという。
現在の獲得予想額は、年俸1000万ドル(約10億5000万円)プラス出来高といったところか。
今後の展開次第では、金額はさらにはね上がることもあり得る。それでも大物フリーエージェント(FA)選手を獲得するより割安なのだ。
菅野の決断の背景には31歳という年齢もある。前述のダルビッシュと田中が海を渡ったのは、ともに7年目で、ダルビッシュは25歳。田中は26歳の時だった。前田は8年目の28歳だ。
彼らが高校を出てプロ入りしたのに対して、菅野は東海大を卒業後に1浪を経て巨人入りしてから8年。3人はいずれも国内で90勝台の数字を残しているが菅野は101勝。実績でも年齢的にも、これがラストチャンスと判断したのもうなずける。
ようやく、夢の階段を上り始めた菅野だが、ここまでの道のりを複雑にしたのは原家の事情もある。
巨人の原辰徳監督は、菅野の叔父にあたるのはよく知られているが、菅野が退団すればチームの弱体化は免れない。それは指揮官のピンチをも意味する。
開幕から13連勝、シーズンを通しても12の貯金をチームにもたらした大黒柱の代役は、そう簡単には見つからない。
今季の巨人投手陣を見ると菅野に次いで活躍したのが2年目の戸郷翔征(9勝6敗)と新助っ人のA・サンチェス(8勝4敗)の両投手で、そのほかは心もとない。
戸郷とサンチェスにしても、他球団の研究が進む来季は、同程度以上の成績が残せる確証はない。
そこでチームは中日の沢村賞投手・大野雄大の獲得の準備を進めたと言われる。
だが、結果はFA宣言せずに残留。ようやくDeNAの井納翔一の獲得にこぎつけたが、直近5年の成績は29勝36敗と、とても菅野の代役が務まるとは思えない。
かわいい甥っ子の挑戦は後押ししてやりたいが、現実を突きつけられると名将にとっても頭を抱える非常事態である。
無敵のリーグ連覇を果たした時点では順風満帆だったが、日本シリーズでソフトバンクに完敗。これを機にシリーズでの采配や全試合DH制を認めたことで、OBたちから厳しい批判の声が上がっている。
そこに菅野の退団。原監督自身も3年契約の最終年を迎える。それでも黄金期を築き上げることができるのか、それとも転落か。
「原一族」の威信をかけて、監督とエースは大きな転機を迎える。
荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル
スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。