菅首相が進めたい地銀再編「今じゃない」訳 果たして顧客本位の合併はあったのか

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 地方銀行は「数が多すぎる」。菅義偉首相の発言以降、地銀同士の合併や経営統合を促す「再編」を巡る動きが慌ただしくなってきた。発言に合わせるかのように、日銀と政府が支援策を相次いで発表。包囲網が着実にしかれているように見える。しかし、再編には多大なコストを伴う。コロナ禍で顧客の地域企業が苦境に陥る中、優先すべき事なのか。元銀行マンで「地域金融論」などの著書がある多胡秀人氏(地域の魅力研究所代表理事)が、再編の問題点を指摘する。

 ▽何のための再編か

 菅政権のもとで地銀再編に注目が集まっているが、「何のための地銀再編か」、まずはこの点をはっきりさせたい。

 銀行法第1条に「この法律は、銀行の業務の公共性にかんがみ、信用を維持し、預金者等の保護を確保するとともに金融の円滑を図るため、銀行の業務の健全かつ適切な運営を期し、もって国民経済の健全な発展に資することを目的とする」と書かれている。地銀であれば「国民経済」を「地域経済」と読み替えられるが、地銀再編が地域経済の活性化、さらには地域社会の発展につながるとの論点と思われる。この論点は本当に正しいのだろうか。

 この数年、金融庁は、地銀や信用金庫などの地域金融機関に対して、顧客本位のビジネスモデルによる地域活性化を求めている。合併などの再編もこの延長線上にあるべきで、金融機関の自己都合ではなく「顧客のためになる経営統合・合併」、すなわち国民経済の健全な発展に資するものでなければならない。

 果たして顧客のためになる地銀再編はあるのだろうか。

地銀再編は、顧客のためになるかが問われている(写真はイメージ=PIXTA)

 ▽本質は資本統合

 創業期の事業者や業況の厳しい企業(コロナ禍で増加が予想される)への融資はリスクが大きく、これらの企業を支援するためには十分な「資本」が不可欠である。地域金融機関の資本の大半は、長年にわたる地元顧客との取引から生じる利益の蓄積だ。この資本をバッファー(後ろ盾)にして地域の事業者さらには地域経済/社会を支えることは銀行法第1条と合致する。

 再編すなわち経営統合・合併は、他銀行との「資本の統合」である。それでは資本統合が顧客のためになるとは、どういうことだろう。経営統合や合併で、効率化施策として挙がる店舗の統廃合などは金融機関の自己都合だし、システム共同化などバックヤードの統一は資本を一緒にしなくても、業務提携や連携によりできることだ。それでもあえて資本を統合するのは、十分な資本がないが故に地域の企業や地域経済を支えられない、もしくは地域のために新たな投資ができない場合に限られるのではないか。経営の健全性を示す地方銀行(国内基準行54行)の自己資本比率は、2019年度決算の平均で9・46%。国内の規制基準4%を大きく上回り、国際基準の8%もクリア。現況では「十分な資本がない」とは言えない。

 さらに言えば、再編すなわち資本統合には多大なコスト(機会費用も含む)がかかるし、異文化の激突による不毛なエネルギーの浪費になる。しかし、過去に再編した地銀の施策を見ると、再編せずとも業務提携や連携で十分対応できることばかりである。業務提携や連携ではできないことがあるからこそ再編へと進むのであって、資本統合はあくまで「最後の手段」であることは間違いない。

 コロナ禍で業況が悪化した事業者に真摯に向き合う「逃げない地銀」ならば、地域を支えるための「大切な資本」を安易に他地域の資本と混合(つまり資本統合)させるわけにはいかない。自己資本に課題を抱えていない限り、広域再編(広域の資本統合)というのは、顧客本位の地銀には「無縁の世界」であるはずだ。

金融行政を担当する金融庁。政府は、地銀再編に前向きな姿勢を示している。

 ▽「レベルアップ」の事例なし

 あくまでも私見だが、過去の地銀(資本に課題がある銀行は除く)の合併や経営統合で顧客の満足度が高まったという話は聞いたことがないし、合併が顧客本位のビジネスモデルのレベルアップをもたらした事例は見たことがない。合併が顧客サービスの質を上げたと例示されるものは、資本統合せずとも他行や外部との連携でできる範囲のことで、合併を決断する前になぜそうしないのか不思議でならない。

 地銀のビジネスモデルは2つに分けることができる。トランザクションバンキング(トラバン)とリレーションシップバンキング(リレバン)である。

 トラバンは個々の取引ごとの採算性を重視する銀行経営手法であり、貸出に当たっては、財務諸表や客観的に信用度が算出される「クレジットスコア」といった定量的な指標を重視するものだ。トラバン金融機関の合併目的は、徹底的な効率化、効率化で余力を捻り出し、それを顧客サービスの向上に反映させるという常套句が出てくるが、顧客本位は「後付け」である。合併による資本余力を地元の疲弊した温泉街の面的な再生に活用したり、人的余力を地元企業の経営改善・事業再生の支援に投入し、そのための人材育成にコストをかけたり、といった話は聞いたことがない。

 トラバン同士の再編では、多大なコストと異文化融合のための時間と労力をかけてゴールに到達したとしても「時すでに遅し」という悲惨な結末が待っているだろう。トラバンのビジネスモデルは異業種やネット系でも容易に取り組めるからだ。スピード感のある強敵である。しかもコスト構造は金融機関の比ではない。トラバンは金融機関のコスト体系におさまる業務ではないと観念すべきだろう。

 顧客本位の再編の可能性のあるのはリレバンのケースである。リレバンは、金融機関が顧客との間で親密な関係を長く維持することにより顧客に関する情報を蓄積し、この情報を基に貸出等の金融サービスの提供を行うビジネスモデルである。資金を融通することに留まらず、ヒト、情報、 ネットワークを駆使することで顧客の事業そのものを支援し、事業者の価値向上を支援することを目的とする。取引先の企業価値向上が金融機関の収益になって戻ってくるという、顧客と金融機関の共通価値の創造がリレバンの本質だ。

 顧客本位の資本統合が成り立つためには、当事者の片方に顧客本位のリレバンビジネスモデルが確立されており、他方がそこに合わせることが大前提となる。合併の過程で顧客本位のビジネスモデルを構築というのは、耳触りは良いが、合併を経験した人たちが口を揃えて「至難の技だ」と断言する。地銀で顧客本位の資本統合がないのは、そもそも組織的で継続的なリレバンモデルの出来上がっている地銀が少ないこと、片方がリレバンモデルを持っていても他方がそれに合わせようとしないことが理由である。

 ▽合併の成功事例

 筆者の知る限り、信用金庫の中にはその例がある。X信用金庫は組織的なリレバンを確立し、それを進化させる中で、マンパワー不足の解消が喫緊の課題だった。それに対して、近隣のP信用金庫は組織的継続的なリレバンを目指すものの道半ば。2つの信用金庫は合併し、XP信用金庫となり、かつてのX信用金庫のビジネスモデルはさらに磨きがかかっている。具体的には余力のできた職員に対し教育育成プログラムを組んで、経営改善・事業再生の支援業務に人員を増やし、100人体制で臨もうとしているのだ。また合併で厚みができた資本をバッファーに将来を見越した新産業創出のための投資(スタートアップ支援拠点の設置やファンドの創設など)を行なっている。

 そもそもリレバンは労働集約型であり、ヒューマンアセット(人的資産)とリレーションキャピタル(顧客との持続的な取引関係の中で築かれた無形資本)が生命線である。リレバンを土台とする合併は、人的リストラとは無縁の世界だ。一方、顧客との接点とはならないバックヤードは業務提携や連携、すなわち機能統合によるスケールメリットを活かした効率化を行うことになる。いずれにしても再編の前に顧客本位のビジネスモデルの構築が先である。

地銀には、コロナ禍で苦境に陥った企業や地域経済を支える重要な使命がある。天神橋筋商店街の飲食店に張られた臨時休業のお知らせ=4月9日、大阪市

 ▽マンパワーはコロナ対応に

 コロナ禍で今後、苦境に陥る企業が増えることは避けられず、それが貸し手である地域金融機関の資本の毀損をもたらすことは想定しておかねばならない。それに対する資本強化策は増資(公的資金によるものも含む)に加え、他の金融機関との資本統合(すなわち経営統合・合併)が一つの選択肢として浮上する。地域の金融仲介機能を維持するために、資本に問題を抱えた金融機関を救済するケースである。本論では、地銀再編に否定的意見を展開しているが、この救済目的のものだけはありうると思っている。

 とはいえ、いまは資本統合するタイミングではない。地域金融機関が資本毀損を起こすまでのある程度の時間軸はとれる。それに先に述べた通り、合併・経営統合には多大なコスト(機会費用も含む)やマンパワー(企業文化の融合など)を要する。コロナ禍に苦しむ事業者や個人顧客のためにすべてのリソースを投入せねばならぬ未曾有の危機時に、経営統合・合併のためのコストやマンパワーをかけるのは顧客本位に逆行する行為である。まずは顧客本位のリレバンによりコロナ対応に全力投球することだ。

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