プロデューサー中森明菜の慧眼際立つ!最大の問題作「不思議」を再評価

1986年 8月11日 中森明菜のアルバム「不思議」がリリースされた日

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EUROX(ユーロックス)が参加したアルバム「不思議」

中森明菜本人が、映画『エクソシスト』の音楽、つまりマイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』から影響を受けたと公言していることもあって、プログレとかホラー音響の文脈で取り沙汰されることが多い『不思議』というアルバムがある。作曲やアレンジの大部分ではEUROXというプログレバンドが参加しているのもあって、プログレ風の譬えはある意味妥当かも。

ただこのアルバムが出た1986年といえば、EUROXはプログレからニューウェーブへの脱却を図っていた頃だし、「燠火(おきび)」という収録曲では80年代USインディーロックを代表するザ・フィーリーズの初期メンバーだったアントン・フィアーがドラムを演奏しているくらいで、どちらかと言えばポストパンク的サウンドであることは間違いない。

当時、中森明菜はコクトー・ツインズを聴いていた?

もう少し厳密にいうと、ゴスロックというジャンルにこれを入れていい気もする。中森明菜がセルフプロデュースしたこのアルバムの最大の特徴は、彼女のボーカルでリヴァーブやディレイによって声にヴェールがかけられ、ほとんど聴き取るのが不可能な(まるで幽霊の声のような)ものとなっている点だろう。以前のコラム『コクトー・ツインズの原点「ガーランズ」呪術と電子工学の出会い』で取り上げたUKゴスバンド、コクトー・ツインズのエリザベス・フレイザーに近い呪術的言語にも聞こえる。

… と思っていたら、2019年8月14日のNHK-FMで『今日は一日YMO三昧』という番組があり、その中で音楽プロディーサーの藤井丈司氏が「明菜は当時コクトー・ツインズを聴いていた」と発言したのだという。中森明菜ってそんなサブカルだったのか!

迷盤から名盤へ、いよいよ海外での評価が始まった!

最近ヴェイパーウェーブなどの流行もあり日本の80年代シティポップが海外で再評価されたりしたが、そうした流れであろうか、イグナティ・ヴィシュネヴェツキーというロシア系アメリカ人ライターがこの『不思議』をコクトー・ツインズやスージー・アンド・ザ・バンシーズと比較する良記事を2016年に書いている。

リリース当時、アヴァンギャルド過ぎて生ぬるい評価しか得られなかったという『不思議』が、いよいよ海外で評価され始めたのだ。そうした動向を受けてか、海外ディガーにもアピールする国産マニア向け音楽を蒐集した『和レアリック・ディスクガイド』(2019年)でもこの1枚が選ばれたりしている。そろそろ “迷” 盤から “名” 盤と呼ばれる時期に差し掛かったのかもしれない。

ダークな魅力をゴス美学に結晶させたアルバムジャケット

この『不思議』は、サウンドもさることながら、ジャケット写真からしてゴスである。黒いフードをかぶって顔がほとんど見えず、額にはヘナタトゥーで怪しげな模様が描かれている。『NEW AKINA エトランゼ』(1983年)というアルバムのジャケでも(アイドルには珍しく)顔の半分は影で覆われていたが、そうした明菜に元々備わったダークな魅力を、ゴス美学に結晶させたのが『不思議』のジャケだと言える。楽曲タイトルをすべて中国語表記するあたりも(例えば「Labyrinth」は「愛的迷宮」)、ゴスの異国趣味を地で行く感じだ。

まあゴスか否かはさておき、このアルバムが異様であることは間違いない。例えば『不思議』から「Labyrinth」「燠火」「ガラスの心」「マリオネット」「Teen-age blue」の5曲を選曲し再録した『Wonder』というミニアルバムの、当たり障りのないアレンジを聴いてもらえばそれは一目瞭然だろう。

プロデューサーは中森明菜、和製ゴスなら断然「不思議」

比較対象はもうひとつある。先述したEUROXが『不思議』の翌年にリリースした『MEGATREND』(1987年)では、明菜への提供曲のいくつかがセルフカバーされている。「Back Door Night」「ニュー・ジェネレーション」「wait for me」の3曲がそれぞれ「Dream Of」、「Adulation」、「Please Wait For Me!」とタイトルを変え、さらに歌詞やアレンジも大幅に変えられている。

『不思議』制作時にボーカルミックスをめぐって揉めたとかで共同プロデュースを降りたこのバンドが、本当にやりたかったことが如実に分かる。この時期にバンドが影響を受けたと公言するスクリッティ・ポリッティやマティア・バザール(イタリアのエレクトロポップバンド)なども視野に入った、面白いニューウェーブ・サウンドと言えそうだが、残念ながら『不思議』にあるダークな想像力やサウンドの奥深い魅力には及ばない。プロデューサー・中森明菜の慧眼が際立つ!

最後に、中森明菜が「Back Door Night」~「マリオネット」とメドレーで歌う『夜のヒットスタジオ』出演映像が強烈すぎるのでYouTubeなどで観てほしい。アラベスクっぽい模様があしらわれた黒いレースの襞つきドレスを身にまとい、魔女のような円錐型の帽子をかぶり、上半身をガクッと落とす操り人形のような動作をしていて、完璧なゴス美学を体現している。挙句は「♪ あなたを守ることが 私の誇りだから~」と歌うあたり、戸川純のようなメンヘラ的ヤバさも感じる。うーん、やはり和製ゴスならV系より断然中森明菜の『不思議』を推すね、と思った。

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カタリベ: 後藤護