【レビュー】「声優夫婦の甘くない生活」 歴史の転換と個人の生き方の転換を軽やかに切り取る

冷戦が終わったあと、旧ソ連からイスラエルへと移住したユダヤ人は120万人におよび、当時のイスラエルの人口の2割にのぼったという。そんな歴史的事実を背景に、「声優夫婦の甘くない生活」は老境に差しかかった声優夫婦の姿を描く。

ソ連では外国映画の吹き替えをしてきたヴィクトルとラヤの夫婦。生活のために、ラヤはヴィクトルには内緒でテレフォン・セックスの仕事を始める。一方、映画の吹き替えにこだわったヴィクトルは、海賊版の吹き替えという寄り道をしながらも、映画館主の目に留まったことから正規の吹き替えの仕事を得る。だが、念願である吹き替えの仕事を得たその日、ヴィクトルはラヤの仕事を知り、2人には決定的な亀裂が入る。

2人はともに、イスラエルで新しい人生を懸命に生きている。だが、吹き替えという仕事に誇りとこだわりを持つヴィクトルに対し、ラヤは夫に従って生きてきたこれまでとは異なる生き方を見つけてしまう。そこにズレが生じてしまう。そしてラヤは、ヴィクトルのいない人生を生きてみたいと思う。対するヴィクトルは、ラヤの大切さを思い出す。

2人に子どもはいない。そして、親戚も2人を歓迎しているとは言いがたい。そんな2人が、老境に差しかかってのイスラエルへの移住という人生の大転換を迎え、これまでとは違う考え方をしなければともに生きていけないことが浮き彫りになる。はたから見るとおかしくも見えてしまうそんな2人の姿だが、それは懸命に生きていこうとする姿だ。

スナップ写真を撮影する様子を描くだけでヴィクトルとラヤの関係性を表現し、映画の盗撮の最中に旧ソ連の検閲を懐かしむ姿で性に保守的なヴィクトルの考えを示すなど、さらりとした描写に多くの意味を込めた、エフゲニー・ルーマン監督やルーマンとともに脚本を手がけたジヴ・ベルコヴィッチの腕前は見事だ。

ルーマン監督とほぼ同世代の筆者は、冷戦崩壊によって世界が変わっていく感覚を覚えている。実際に1990年(11歳頃)にイスラエルに移住したというルーマン監督にとっては、日本でニュースとして見るのとは異なる、自分の人生に大きな影響を与える一大事だったはずだ。そんな一大事を背景に、歴史の転換と個人の生き方の転換の関係を、声優の老夫婦に焦点を当てることで軽やかに切り取った本作は、その時代を生きた当事者として生きたエフゲニー・ルーマン監督にしか作り得ない作品のように感じた。
(文:冬崎隆司)

「声優夫婦の甘くない生活」
12月18日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給:ロングライド

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