【中原中也 詩の栞】 No.21「寒い夜の自我像」(詩集『山羊の歌』より)

きらびやかでもないけれど
この一本の手綱をはなさず
この陰暗の地域を過ぎる!
その志明らかなれば
冬の夜を我は嘆かず
人々の憔懆のみの愁しみや
憧れに引廻される女等の鼻唄を
わが瑣細なる罰と感じ
そが、わが皮膚を刺すにまかす。

蹌踉めくままに静もりを保ち、
聊かは儀文めいた心地をもつて
われはわが怠惰を諫める
寒月の下を往きながら。

陽気で、坦々として、而も己を売らないことをと、
わが魂の願ふことであつた!

 

【ひとことコラム】「儀文」は儀式に用いる定型文のこと。硬質な言葉を多用し居住まいを正すような調子で、卑近な欲望に囚われる世の人々の姿を受けとめながらも、自己に忠実でありたいという願いを述べています。無頼で知られた中也ですが、その生き方の核にあるのはこうした倫理でした。

中原中也記念館館長 中原 豊

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