相次ぐ難題、翻弄される菅首相

コロナ、Go To、鶏卵、桜…

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 菅義偉首相が早くも逆風にさらされている。小出しの新型コロナウイルス感染症対策は世論の離反を招き、観光支援事業「Go To トラベル」の年末年始の全国一時停止に追い込まれた。安倍晋三前首相が絡む「桜を見る会」疑惑や鶏卵生産大手「アキタフーズ」から自民党農相経験者への現金提供疑惑を巡っては東京地検特捜部の捜査が進む。「首相の大人数忘年会」にも批判が渦巻く。翻弄(ほんろう)される菅政権は、桜疑惑に関する安倍氏の国会招致という難題も待ち受ける。(共同通信=杉田雄心ほか) 

新型コロナウイルス感染症対策本部終了後、記者団の取材に応じる菅首相=14日夜

 ▽世論調査に黙り込む

「年末年始において最大限の対策をとるため、12月28日から来年1月11日までの措置として、GoToトラベルを全国一斉に一時停止することとします」。

 2020年12月14日の新型コロナ対策本部会合で、首相は少し間を取りながら語った。最近までトラベル事業へのこだわりを周囲に見せていたため、唐突な翻意となった。

 「いつの間にかGoToが悪いことになった」。首相は11日のインターネット番組で不満を示し、別の場では「景気が落ち込めば、自殺者が増えかねない」と漏らしていた。

 情勢を一変させたのが、その後の12日(土)、13日(日)に明らかになった世論調査だ。

 「不支持率の方が高いのか」。12日夕、衆院第2議員会館。首相は毎日新聞の世論調査結果を聞くとこうつぶやいたきり、黙り込んだ。支持率が40%に落ち込み、不支持率49%が逆転。トラベル事業を「中止すべきだ」の回答は67%に達し、旗振り役の首相にとって「痛恨の極み」の結果だった。12月上旬の共同通信社などの世論調査も支持率が急降下していた。

 首相はこの直前まで、東京都や名古屋市を目的地とする旅行の一時停止で事態打開を探っていた。

 しかし、西村康稔経済再生担当相が11月25日に宣言した「勝負の3週間」で感染者数の増加を抑えきれなかった。専門家らでつくる政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会も事業の在り方の再考を求め「GoTo包囲網」は狭まっていた。

 世論に追い込まれた首相。2021年秋までに衆院解散・総選挙を決断しなければならない中、求心力低下はなんとしても避けたかったのだが…

 ▽成果主義の弊害

 13日夕。首相は田村憲久厚生労働相、加藤勝信官房長官、西村氏を官邸に呼び、トラベル事業を全国で一時停止する考えを示した。出張で参加できなかった赤羽一嘉国土交通相に代わって観光庁幹部が駆け付けたが、部屋の外で待機となった。発表当日まで方針変更を知らなかった国交省は、キャンセル料の扱いなどの調整で右往左往した。

「首相の決断であり、何も申し上げることはない。苦渋の選択だ」。事業停止に慎重だった赤羽氏は14日夜、記者団に無念さをにじませた。

梶山静六氏

 首相は、「師」と仰ぐ故梶山静六元官房長官の「政治の仕事は国民の食いぶちをつくることだ」との教えを心に刻む。

初の所信表明演説では「結果を出して成果を実感いただきたい」と訴えた。こうした成果主義の信念が、コロナ対応を経済重視に傾かせ、説明や根回しの軽視につながった側面は否めない。「首相は安倍さんよりはるかに頑固だ」。安倍前首相の側近は嘆いた。

 ▽首相を支える側近は誰?

 それではなぜ、こんなに早く窮地に追い込まれたのか。「コロナ危機の政治」(中央公論)の著者、政策研究大学院大学の竹中治堅教授は「現代日本の総理大臣が大きな政策を実現するには伴走者が欠かせない。小泉純一郎首相には竹中平蔵経済財政担当相、安倍晋三首相には今井尚哉首相補佐官(いずれも肩書当時)がいた」と警鐘を鳴らす。

 「伴走者」の候補は誰か。菅首相が信頼を置くとされる4人、自民党の森山裕国対委員長(75)、佐藤勉総務会長(68)、官僚出身の和泉洋人首相補佐官(67)、竹中平蔵慶応大名誉教授(69)の横顔を探ってみた。

 

① 寡黙な下戸ー森山国対委員長

 国会運営を任される森山裕国対委員長は、首相から9月の党総裁選出馬をいち早く相談され、二階俊博幹事長と共に菅政権誕生を主導した。深い付き合いは2017年8月の国対委員長就任後からで、3年余り。今では首相と電話のやりとりを欠かさず、高齢者医療費負担問題では公明党調整も担った。

 働きながら高校の夜間課程で学び、鹿児島市議を経て1998年に参院議員として国政に進出。04年の補欠選挙で衆院議員に転じた。37歳の若さで市議会議長を経験し、議会運営に精通。国対委員長の連続在職日数は歴代最長で記録更新中だ。

 首相と同様、寡黙でお酒を飲まない。仕事を自分で完結する実務派の側面も通底する。05年に小泉内閣時代の郵政民営化関連法に反対し、一時離党した。有力な農林族で、農政改革では首相と考え方の違いもある。

② 「談合屋」を自称ー佐藤政務会長

 自民党の最高意思決定機関となる総務会を仕切るのが佐藤勉総務会長だ。1996年の衆院選で初当選した首相の同期で、地方議員出身や総務相経験者という経歴も共通する。同じ時期に宏池会(現岸田派)に籍を置いていたこともある。

 森山氏の2代前の国対委員長。官房長官、国対委員長、幹事長代理の週1回の早朝会合は菅、佐藤両氏の体制で始まり、顔触れが変わった今も続く。

 日大で土木工学を学び、ゼネコンでの勤務経験もある。自身を「談合屋」と称し、水面下の交渉と調整に汗をかく。麻生派に所属し、総裁選での菅氏擁立に向けて早くから党内工作に動いた。目的のためには周囲とのあつれきをいとわない一面もある。

③ 官房長官時代からの“懐刀”ー和泉補佐官

 首相が重視する新型コロナウイルスや東京五輪対応を担当する和泉洋人補佐官は、建設省(現国土交通省)出身で住宅政策やインフラ整備に精通する。10月のアジア外遊の際、首脳会談で首相の左脇に陣取り、外交面でも存在感を見せた。

 理系出身ながら、政官業の調整で力を発揮し、事業実施に当たってのノウハウで頼りにされる。民主党政権で内閣官房参与を務めた後、12年の第2次安倍内閣で首相補佐官に就いた。安倍内閣時代から菅官房長官(当時)の懐刀として知られ、国土強靱化や沖縄の米軍基地負担問題、インフラ輸出を担当してきた。

 ただ、疑惑で注目を浴びたことも。加計学園の獣医学部新設問題では「総理は自分の口から言えないから」と手続きを促したとして国会に参考人招致された。女性官僚と海外出張した際にホテルの「コネクティングルーム」に宿泊した問題で注意を受けた。

④ かつての上司―竹中平蔵

 竹中平蔵・名誉教授は首相が総務副大臣に就任した際の総務相で、かつての上司だ。

 高校まで和歌山市で過ごし、一橋大卒業後に日本開発銀行に入行。その後、研究者への道に進む。慶応大教授だった01年、民間から経済財政担当相に就任。小泉純一郎首相の経済政策の理論的支柱となり、巧みな弁舌で国会や与党への説明をこなした。

 04年の参院選に立候補して国会議員となった。05年夏の「郵政選挙」に大勝した小泉氏が郵政民営化実現に向け、総務相に起用したのが竹中氏だった。菅首相は副大臣として支え、第1次安倍内閣で総務相として初入閣する契機となった。

 その後も交流は続く。構造改革を推進してきた新自由主義的な政策は首相が掲げる「自助、共助、公助」や「国際金融都市構想」に重なるが、「格差を助長する」と自民党内に警戒感が根強い。

 再び政策研究大学院大学の竹中教授の言葉に耳を傾けたい。

 「菅首相は朝晩いろいろな人と会って意見を吸い上げるスタイルを官房長官時代から変えていない。また自身で決めたことを示すというスタイルを好んでいるのかもしれない。それはそれでいいが、首相が1人で全てを仕切るのは無理がある。個別政策を束ね、優先順位を含めて進行管理する伴走者を見いだすことが望ましい」

▽新たな火種

内閣発足3カ月目の記念日に当たる16日、「首相の忘年会」が非難の的となった。首相はトラベル事業の全国一時中止を表明した14日の当夜、高級ステーキ店で二階俊博自民党幹事長やプロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長、タレントのみのもんたさんら高齢の8人程度で会食した。「5人以上は控えるべきだ」とする政府の見解に反する宴会。出席者は「食事が始まると全員マスクを外し、店で提供されたケースに入れた」と「マスク会食」の不徹底を証言し、忘年会自粛ムードの世論を逆なでした。

首相は16日夜の「国民の誤解を招くという意味においては、真摯に反省をいたしております」と記者団に語ったが、新たな火種を抱え込んだ格好だ。

東京地検特捜部が捜査する「桜を見る会」前夜の夕食会費補填疑惑を巡り、安倍氏の国会招致が年内に想定される。安倍氏は応じる意向だが、疑惑の幕引きとなる見通しはない。足元の与党から「意外と危機管理能力が低いのかもしれない」(自民党中堅)との声が上がっている。

 (共同通信=杉田雄心、市川貴則、手柴大輔、吉浦寛仁、関陽平)

「Go To トラベル」の全国一時停止を宣言した当日の大人数会食について反省を表明した=16日午後