元法相だから知る死刑制度の泣き所 孤立する日本 弁護士の平岡秀夫さん

By 佐々木央

 元法相で弁護士の平岡秀夫さんは、2019年夏に設立された「死刑をなくそう市民会議」の共同代表を務めている。死刑を執行する側から、反対に転じた形だ。いま、死刑制度についてどう見ているのか。(47NEWS編集部・共同通信編集委員=佐々木央)

「私が法相を務めた2011年は死刑執行がゼロだった。東日本大震災が起き、誰もが命と向き合った年だったからだと思う。そして、ゼロの年を作りたくない人たちが、私に強く執行を迫ってきたのだと思う」と振り返る平岡さん

 ■報道さえされない「勉強会」

 平岡さんが法相に就任したのは2011年9月。「そのときには死刑廃止という確固たる考えを持っているわけではなかった。ただ、日本は国際的な潮流と乖離した状況だから、きちんと議論をしたいという気持ちでした」と明かす。

 「乖離した状況」とは、世界各国のうち死刑制度を残していたのが当時、既に約三分の一にすぎなかったこと、先進国であるOECDの加盟国(当時34カ国)に限っていえば、死刑執行を続けているのは米国と日本だけだったことを指す。

 その米国も州によって状況が違い、16州が死刑を廃止していた。死刑廃止を公約したバイデン氏が次期大統領に決まり、今後、廃止への動きは加速するだろう。「乖離」はもっと進み、日本は国際的に孤立しかねない。

 平岡さんが法相になったとき、法務省には「死刑の在り方についての勉強会」があった。2人の死刑を執行した千葉景子法相によって10年8月につくられ、平岡さんはその8回目の会合に法相として初出席、国民的な議論の必要性を強く訴えた。

 10回目の会合は11年12月、イギリスとフランスの死刑廃止に至る経緯をテーマとして、メディアにも公開したが、ほとんど報道されなかった。国民的な議論を目指すはずが、勉強会が開かれていることさえ伝えられない。一方、国会では5、6人の自民党議員から「法相としての職責を果たせ」と死刑執行を強く迫られた。 

衆院予算委で自民党の河井克行氏の質問に答弁する平岡秀夫法相(当時)=2011年9月27日

 

 ■「執行が適切」な2人の死刑囚

 省内からも「死刑執行を考えてみてはいかがか」という声が上がり、平岡さんは幹部に「みなさんが最も死刑執行が適切であると、いま思われる案件があるなら、上げてきてください」と求めた。手元にきたのは2人の死刑囚の書類だった。

 持ち帰り、宿舎で読み込んだ。そして幹部と会議を開いたが「まだ私としては、死刑執行に踏み切れなかった」。

 ひとりになって考えた。「この人たちがもし、EUの国で生まれていれば命を奪われることはない」。法務省の幹部には「だからこそ早く国民的議論をしなければならない」と言ったが、平岡さんの心はそのとき決まった。「死刑は廃止するしかない」

 来年3月には第14回国連犯罪防止刑事司法会議が開かれる。開催地は京都なので「京都コングレス」と呼ばれ、ホスト国・日本の刑事司法制度の状況や運用は各国から注目されることになる。平岡さんは心配する。

 「死刑執行を続けているということは、日本は人間の生存という究極の人権を保障しない国、文化的に遅れた国と見られても仕方がない。上川陽子法相や法務省はどう説明するのだろうか

 ■順番をどう決めているのか

 死刑執行については隠されていることもある。

 「法相在任当時、死刑執行が適切と思われる人として上げてもらった2人を、事務方はどうやって選んできたのか。多分、私にとって大きな負担にならないような人を選んだんだろうと思います。つまり、私の都合で選ばれたということなんだろうと思う

 死刑確定者のうち、いつ、誰の命を奪うかという判断が恣意的になされることはあってはならない。しかし、死刑が執行されるのは、必ずしも「確定した時期が早い人から」という順番にはなっていない。

オウム真理教の元教団幹部ら6人の死刑執行について記者会見する上川陽子法相=2018年7月26日

 上川法相はこれまでの法相在任中、16人の死刑執行を命じている。2018年7月、オウム真理教の確定死刑囚13人を執行した時は「鏡を磨いて、磨いて、磨いて、磨ききる気持ちで判断させていただいた」と言った。しかし、死刑執行対象者の人選や時期についての記者の質問には「個々の死刑執行の判断にかかわる事項で、お答えは差し控えたい」と述べ、事実上回答を拒否した。

 平岡さんはこう見る。

 「オウム真理教の13人の場合であれば、2日に分けたうちの初めの7人が松本智津夫死刑囚を含む“大臣級”、その後の6人が“次官級”と明らかに階級の違いがあったが、答えない。それは基準を作ってはいけないか、または基準があっても、それを世の中に言うことができないということだろう

1990年10月、オウム真理教の集会で講演する松本智津夫死刑囚

 ■死刑は「残虐ではない」といえるか

 死刑は憲法36条が禁じる「残虐な刑罰」に当たるのではないかという疑問も払拭しきれない。

 1948年の最高裁大法廷判決は「刑罰としての死刑そのものが、一般に直ちに、いわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない」と合憲判断を示した。しかし、同時に「その執行の方法等がその時代と環境とにおいて人道上の見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合には、もちろんこれを残虐な刑罰といわねばならぬ」と述べた。

 最高裁自らが、時代や環境によって違憲となり得ることを認めている。判決から72年。何を残虐と感じるかという人々の意識は、国内的にも国際的にも大きく変化した。死刑の廃止が世界的潮流になっていることは、そのことも示しているのではないか。

東京拘置所刑場の「執行室」。死刑囚が立つ踏み板(中央下)は開いた状態=法務省提供

 しかし、それを考えるための死刑執行に関する情報はほとんど公開されていない。ブラックボックスになったいる。

 「今や、日本の絞首刑が残虐な刑罰ではないと、果たして言えるのか。そういう問題意識も持たなければならないと思う

 いくつもの大きな矛盾を抱えているのに、国民の多数は死刑制度を支持している。そうした状況で何が必要なのか。平岡さんは各国の死刑廃止に至る経緯に注目する。

 フランスで死刑が廃止されたのは1981年。当時はフランスの国民世論も多数が死刑維持だったが、ミッテラン氏が死刑廃止を掲げて大統領に当選し、実現した。韓国でも1998年、金大中氏が大統領になって死刑執行を停止。それが20年以上続き、現在に至っている。モンゴルでは2012年、死刑廃止条約を批准した。エルベグドルジ大統領自らが強いリーダーシップを発揮したという。

 「死刑廃止には政治家のリーダーシップが大事であるということは、国際的にも認識されています。日本の政治家も主体的に率先して死刑問題に取り組まなければなりません」。そう言い切った。

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