新型コロナで世界一の大都市に起きている変化とは 米・NYで進む「空洞化」【世界から】

店舗が閉店し、シャッターに落書きされた物件。今、ニューヨークではこんな景色が多く見られるようになっている(C)Kasumi Abe

 新型コロナウイルスの感染が再び拡大している。米国全体では現在、夏季の第2波を大きく上回る第3波が襲来。これまで感染を抑え込んでいたニューヨーク州でも10月以降に感染者数が急増に転じ、第2波の脅威が迫っている。

 一方、感染者が初めて確認された3月からの8カ月の間でニューヨーク市街から多くの人が郊外へ転居していることが報告されている。その影響で、市内の賃貸アパートの空室率がここ14年間で最高になっている。異例とも言える現象はサンフランシスコなど他の大都市でも。コロナ禍で「大都市の空洞化」が進んでいるのだ。(ニューヨーク在住ジャーナリスト、共同通信特約=安部かすみ)

 ▽崩れる市街地の優位性

 新型コロナウイルスの感染数が世界最多の米国。現在、感染累計数は1714万件、死者は30万9800人を超えるなど非常に深刻な状況だ。ニューヨーク州では3月から5月にかけて爆発的に感染が広がったものの、6月以降は感染拡大の封じ込めに成功してきた。しかし、10月から再び感染者数が増え始めた。州内の感染数は累計81万9000件、死者は3万5000人を超えている。(数字は12月18日現在)

 そのニューヨーク市では夏ごろから、とある変化が見られるようになった。

 地元メディアが、郊外へ転出する市民が多くなっていることを報じるようになったのだ。いわゆる「ニューノーマル」により自宅勤務が普通になったため、郊外でも仕事に支障がない。とある記事では、このことで「人の密集率が高い市街地に住む必要性が低くなった。それが郊外に転居を決意する後押しになっている」と不動産業者など専門家の声を基に分析している。

 また、感染拡大の影響で同市内の治安は悪化している。これを転出が増えている要因の一つとする専門家もいる。特に重大犯罪件数の増加は深刻だ。殺人件数は10月末までに344件に達し、2019年内に発生した殺人件数をすでに上回った。

3月、閑散とした米ニューヨーク市街。新型コロナウイルスは世界の情景を一変させた(AP=共同)

 ▽30万人が転出

 米国では引っ越しの際、米国郵政公社(USPS)、いわゆる郵便局に住所変更を届け出る。そうするとUSPSが旧住所に届いた郵便物を6カ月の間、引っ越し先に転送してくれる。ニューヨークポスト紙がUSPSから入手した最新データによると、今年3月1日から10月31日までの8カ月間で住所変更届を提出したニューヨーク市民の数は、29万5103件にも上るという。この数は世帯数を表すため、実際に転出した人の数は30万人以上ともみられる。

 前年と比較しても市外への転出数は多い。例えば今年3月から7月にかけて、市外への住所変更を届け出た数は24万4895件だった。昨年の同時期は10万1342件だったため、この時期だけの比較でも昨年の2倍以上に増えたことがわかる。

 同期間に転出届を出したエリアを多い順に並べると次のようになる。マンハッタン区アッパーウェストサイド地区(9076件)、同区ミッドタウン東のマレーヒル地区(2889件)、同区ダウンタウンのチェルシー、グリニッチビレッジ地区(2520件)、同区アッパーイーストサイド地区(5302件)、ブルックリン区ダウンタウンブルックリン地区(1836件)などだ。

 転出届を出した住民がもっとも多いアッパーウェストサイドは、古くからの高級住宅地だ。この地区の一部には観光客が激減し営業ができなくなった高級ホテルがある。パンデミック以降はこれらのホテルが市の指導のもと、ホームレス間の感染拡大を防止するためにホームレスシェルターとして使われるようになった。これに対して近隣住民からは、犯罪増加の懸念から抗議活動が起こっている。

 一方、転出先の土地は、市街地から比較的近くにある郊外が多い。多い順に紹介する。ニューヨーク州ロングアイランドにある東ハンプトン町(2769件)や南ハンプトン町(1398件)、西隣に位置するニュージャージー州のジャージーシティ市(1821件)やホーボーケン市(1204件)、ニューヨーク州サグハーバー村(961件)やスカースデール町(812件)などだ。

 他都市への転居を決める人も少なくない。人気なのは、気候の良い米西海岸のロサンゼルス市(8587件)やハワイ州ホノルル(421件)などだ。

 ニューヨーク近郊で最も多くの人が転入した東ハンプトン町は、ニューヨーク市の東にあって、車を使えば2時間ほどで着く距離にある。同町はビーチが近くにあり治安も大変良いため、多くの富裕層が別荘を所有し、夏期の間を過ごす高級避暑地として知られる。このような理由から、別荘地を転居先とした人の中にはいわゆる「引っ越し」ではなく、市内の住居をそのまま保持しながら、パンデミック中の避難先として郵便物の配送先の変更として転居を届けたケースも多いかもしれない。

12月17日、米カリフォルニア州の病院で新型コロナのワクチンを打つ医療従事者(ロイター=共同)

 ▽歯止めかからず

 転出数の増加に伴い、アパートの空室率も高くなっている。大手不動産会社ダグラス・エリマンの報告によると、市内の空室率は9月に記録された1万5923件からさらに増加し、10月は1万6145件だ。これは1年前と比べて3倍以上で、14年間で最多だ。

 6月以降、市内の一部で賃貸アパートの家賃や新たな賃貸契約が下落するという現象も起きている。市内の家賃の中央値は1年前が2945ドル(約29万円)だったのが今年は2600ドル(約26万円)にまで下がっている。市内の多くのアパート(レントスタビライズ・アパートと呼ばれる)の家賃は日本とは違い、「1年更新」の場合には1・5%以上、「2年更新」では2・5%以上、高くなり続ける。これが昨年までの〝常識〟だった。

 パンデミック(世界的大流行)を受けてニューヨーク州は、さまざまな支払いを一時的に猶予する「モラトリアム政策」を導入する際に家賃の支払いも盛り込んだ。同時に「1年更新」の上昇率を0%にするなどの負担軽減策を施しているが、人口流出には歯止めがかかっていない。

 人が減少すればするほど早期の経済回復は遠のいてゆく。今、期待を集めているのがワクチンだ。米国では12月14日に医療従事者から接種が始まり、来年2月以降には一般の市民にも手が届く物になるとされる。感染収束の鍵を握るとされるワクチンの普及は「空洞化」しつつある市街地に住民や観光客を戻すきっかけになるに違いない。

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