中日・木下拓、大野雄の最優秀防御率のために描いた“禁断の手”「パスボールなら…」

中日・木下拓哉【写真:荒川祐史】

今季キャリアハイの88試合に出場して最優秀バッテリー賞を受賞した木下拓

木下拓哉。29歳。中日の正捕手の座に最も近い男だ。今年はキャリアハイの88試合に出場し、2割6分7厘、6本塁打、盗塁阻止率4割5分5厘。大野雄大とともに最優秀バッテリー賞を受賞。5年目のブレーク。その要因は「準備」と「ひらめき」だった。

「過去4年間、大した数字も残せてないですし、今年やらないとダメだと思っています。まずは開幕マスクが目標です」

2月の沖縄キャンプで木下拓はこう決意を口にしていた。しかし、開幕スタメンに名前はなし。シーズン序盤はチームも振るわず、捕手はほぼ日替わり。8月末まで木下拓の連続スタメンマスクは最長で3試合。目立つ存在ではなかった。

「チャンスが来れば、結果を残す自信は密かにありました。試合に出ようが、出まいが、準備だけは怠りませんでした」

そんな彼に神様が微笑み始める。9月にライバルの不振や怪我が重なり、出場機会が増えた。実はこの時期に転機となる打席を迎えていた。9月11日。横浜スタジアムのDeNA-中日13回戦。木下拓は8番でスタメン出場。4回、中日は阿部寿樹の2点タイムリーで3対0とリードを広げる。その阿部を一塁に置き、1死となった後に木下拓が打席へ立った。ここでも準備を徹底した。

中日・木下拓哉【写真:荒川祐史】

お立ち台の“一日一善”トークも、妻からダメ出し「ワケ分からん」

「あの場面、相手は絶対ゲッツーを打たせたい。8番で終わって、次のイニングを9番から始めたい。しかも、ピッチャーが井納(翔一)さん。低めにボールを集めるタイプです。だから、死んでもゴロを打たない。フライを打つ。目付けは高め。低めは捨てる。そう強く意識しました」

木下拓はカウント2ボール2ストライクからの5球目をセンター前へと弾き返した。

「高めに浮いたフォークでした。あの1本でフライを打つイメージの方が意外と綺麗なライナーが飛ぶという感覚を初めて掴めたんです。苦手な井納さんからゲッツーを打たず、ヒットにできたのは自信になりましたね」

微笑んだ神様に感謝の意を表した日がある。9月22日。ナゴヤドームでのヤクルト戦。3打数2安打1打点の木下拓はお立ち台に呼ばれた。

「いつもヒーローインタビューではひと笑い欲しいなと思っていたんですが、あの絆創膏の話は急にひらめきました」

“一日一善”エピソードの第1弾。タイムリー内野安打について聞かれると、こう切り出した。

「情けない当たりでしたけど、今日、試合前の練習の後にシャワーを浴びていたら、誰かの絆創膏が落ちていたんで、神様がチャンスくれたと思って、神様が内野安打にしてくれました。神様、ありがとうございました!」

確かに笑いは起きた。だが、「うん? どういうこと?」と首を傾げたファンもいた。

「帰宅したら、妻から『ワケ分からん』とダメ出しされました。絆創膏を『拾った』という言葉が抜けていたんで、意味が伝わりませんでした。ひらめきも大切ですが、やはり準備ですね」

中日・木下拓哉【写真:津高良和】

閃きが生んだ9月26日の本塁打「直感的に次は必ずシュートが来る」

ひらめきと準備が見事に融合した試合もある。今度は9月26日。東京ドームの巨人戦。“一日一善”の第2弾はホテルのエレベーターだった。

「傘を入れるビニール袋が落ちていました。『よし! ヒーローになったら、この話をしよう』と思ったんです」

2対2で迎えた8回1死走者なし。カウント2ボール2ストライクで、打席の中にいた木下拓はひらめいた。

「直感的に次は必ずシュートが来ると思ったんです。大竹(寛)さんのシュートはテレビ画面で見る5倍くらい曲がります。だから、ハリハリ(完全に山を張る状態)でないと打てない。だから、思いきり左足を開いたんです」

打球はレフトスタンドへ消えた。喜びを大爆発させたいところだったが、まだ試合もシーズンも終わっていない。本音を悟られまいと、木下拓は広報に次のように伝えた。

「シュート。追い込まれていたので、何とかしつこくいこうと思っていました。うまく反応することができたと思います。もう気持ちを切り替えて、守備のことを考えます」

手の内を明かさないのも次の戦いへの準備だ。ヒーローインタビューではきっちり爆笑をさらった。

「今日、ホテルで朝食を食べた後、エレベーターで傘を入れるビニールが落ちていて、拾って捨てたので、神様が味方してくれたと思います。神様、ありがとうございました!」

中日・木下拓哉【写真:荒川祐史】

大野雄のタイトルがかかったDeNA戦で木下拓は“禁断の手”を準備

木下拓には忘れられない夜がある。11月5日だ。ナゴヤドームでのDeNA戦。8年ぶりのAクラス確定と大野雄大の最優秀防御率のタイトルがかかっていた。

「前夜に相手打線のデータを読みまくって、暗記しました。あとは色々な場面を想定して、自責点ゼロで切り抜けることを考えました。正直、寝付けませんでした」

試合開始前、木下拓は“禁断の手”を使っていいか、中村武志バッテリーコーチに許可を取りに行った。

「味方が大量リードした状況に限りますが、ランナー3塁でバッティングカウントになったら、パスボールをしようと考えたんです。パスボールなら大野さんの自責点にはならない。あと、1、3塁で1塁ランナーが盗塁を仕掛けた時の2塁悪送球も考えました」

中村コーチの承諾を得た後、伊東勤ヘッドコーチにも伝えた。

「伊東さんは『よくそこまで考えたな』と言ってくれました。『やれ』とは言っていませんが、万が一やったとしても、大丈夫だと捉えました」

結局、大野雄は3塁を踏ませない好投で7回無失点。“禁断の手”を使わずとも、試合は2-0で終盤を迎えた。

「7回で大野さんが交代すると聞いた時、肩の荷が下りました。スコアボードが17対0に見えました」

試合はそのまま2-0で勝利し、8年ぶりのAクラスが確定した。試合後にベンチ裏の風呂場でシャワーを浴びていると、野太い声がした。

「今日はよく頑張った。ナイスリード」

伊東ヘッドコーチだった。

「嬉しかったですね。2年間で伊東さんに褒められたのは初めてでしたから。キャッチャー冥利に尽きるというか。忘れられない夜です」

バット、お立ち台、リード。その全てで今季終盤に力を発揮した木下拓。決して好スタートではなかったが、次第にチャンスをものにし、最後はライバルを大きく突き放した。

「正捕手なんて全然思っていません。またイチから争えるようにしっかりオフに鍛えます」

木下拓に「準備」と「ひらめき」はあるが、「油断」はないらしい。神様は微笑み続けるか。勝負の6年目はもう始まっている。(CBCアナウンサー 若狭敬一/ Keiichi Wakasa)
<プロフィール>
1975年9月1日岡山県倉敷市生まれ。1998年3月、名古屋
大学経済学部卒業。同年4月、中部日本放送株式会社(現・株式会
社CBCテレビ)にアナウンサーとして入社。
<現在の担当番組>
テレビ「サンデードラゴンズ」毎週日曜12時54分~
ラジオ「若狭敬一のスポ音」毎週土曜12時20分~
「ドラ魂キング」毎週金曜16時~

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