「サッカーコラム」記録ずくめの優勝を支えたものとは J1川崎が生かした今季ならではのレギュレーション

G大阪に大勝し優勝を決め、喜ぶ川崎・鬼木監督(手前)ら=11月25日、等々力

 生活の重要な要素として、スポーツが当たり前のように組み込まれている人にとって、2020年というのはひどい年だった。

 サッカーに関していえば2月にJリーグの今季が開幕した直後に、新型コロナウイルスの影響でリーグ戦がストップ。J2とJ3は6月27日に、J1は7月4日にリーグ戦を再開した。その後、同10日から無観客の状態から再開したものの、シーズン終了までスタジアムに昨季と同様の活気や環境は戻ってこなかった。

 来年は東京で延期された五輪とパラリンピックが開催される予定だが、サッカー場にサポーターの歓声が戻ってくる状況が許されるようでなければ実施は難しいのではないだろうか。スタジアムでは拍手による応援が定着してきた。それでも、スポーツの魅力は選手と観客が心を一つにし、感情を爆発させるところにある。ゴールの瞬間、声を出して喜び合えるという「当たり前」が早く戻ってきてほしい。

 7月から12月まで、ほぼ週2回行われたJリーグ。これまでにない過密日程で、選手はもちろんだが起用メンバーに頭を悩ませた監督も想像以上の難問を突き付けられた。その困難な状況にありながら、J1川崎は、美しく、強いサッカーを披露して史上最短で優勝を成し遂げた。

 作り上げた記録は数多い。J1が現行の34試合制になった2005年以降、4試合を残しての優勝は最速優勝だ。また、勝ち点83ポイントや2位との勝ち点差18、勝利数26、総得点88、得失点差「プラス57」はいずれも最多記録だ。これで終わらない。敗戦数3は最少となる。

いずれも今後、簡単に抜かれそうもないという数字を並べた。個人でも三笘薫が新人最多得点に並ぶ13ゴールを挙げた。

 コンディションを維持するだけでも難しいかった今シーズン。圧倒的な成績を残した川崎だが、例年通りのレギュレーションだったらこのような結果になっていたのだろうかと思うことがある。

これはネガティブな疑問ではないことは最初に断っておく。今季は、Jリーグが再開した時に選手交代の枠が通常の3人から5人に拡大された。酷暑の時期からのリスタートだったので、選手の健康を考えればJリーグ側の素晴らしい判断だった。そして、川崎に限らずこの恩恵を受けたのは若い選手だ。3人の交代枠では出場は難しいが、5人だったからチャンスを与えられた選手は多かったはずだ。

 その中で川崎は5人の交代枠をじつにうまく使った。先発メンバーが前半を頑張り、後半から攻撃のメンバーをがらりと代える。途中から出てくるメンバーも小林悠やレアンドロダミアン、家長昭博のエース級。シーズン終盤にはこれに中村憲剛も加わった。対戦チームからすれば疲れた時間帯にこれらのビッグネームと対戦しなければならないのだから、心身ともにダメージは大きかっただろう。

 鬼木達監督が繰り出した川崎の戦術的交代策。この流れにうまくはまったのが、大卒新人の三笘であり旗手怜央だった。この2人はシーズン序盤こそ途中交代で出場することが多かったが、途中から先発として出場するようになった。そして、想像以上に戦力になることで存在感を示し続け、あっという間に川崎の攻撃を引っ張る主力に変貌した。

 全34試合で川崎のゴールを一人で守ったGK鄭成龍(チョン・ソンリョン)の出場時間が3060分。三笘(1603分)と旗手(1480分)はその半分ほどの時間しか出場していない。ただ、エースストライカーの小林が1316分だったことを考えれば、例年であれば起用にちゅうちょしてもおかしくないルーキー2人は、プロ1年目からレギュラーと同等に扱われたことになる。もちろん、途中から交代出場した試合で良いプレーをしたから、次のチャンスを与えられたのはいうまでもないが。

 内容と結果が一致するサッカーで、Jリーグの歴史に輝かしい足跡を残した川崎。中村憲剛というクラブの象徴が引退する最後のシーズンに、「攻めて勝つ」という理念をピッチに表現し続けたことは称賛に値する。そして、柏との最終節となった12月19日の試合も、見る者が喜びを与える試合だった。

 開始14分、柏はオルンガがスケールの違いを見せつけるプレーで先制する。クリスティアーノのアバウトなボールに対し、川崎DF山根視来を吹き飛ばし、GKまでかわして規格外のゴール。28ゴール目を奪い得点王を確定した。さらに柏は後半1分に瀬川祐輔が追加点を決め、2―0と主導権を握った。

 ところが、劣勢だったその試合を川崎は簡単にひっくり返した。原動力となったのは後半から投入された三笘と家長だ。後半3分に家長がCKからヘディングを決めると、10分には三笘のアシストからレアンドロダミアン、さらに36分には三笘のドリブルからのラストパスを受け、家長が3―2の逆転となる決勝ゴールを奪った。

 まさに川崎が築き上げた必勝パターン。交代出場の選手が試合を決める。今シーズンを締めくくるのに相応しい終わり方だった。

 「全員でハードワークした結果、逆転することができました。本当に今シーズンを象徴する頑張りを見せてくれたと思います」

 鬼木監督は、有終の美を飾る逆転勝利に満足げに選手たちをたたえた。

 世界を悲しみと苦しみが襲ったこの1年。最後は楽しい思い出を持って終わりたい。その意味で川崎の超攻撃的なサッカーは、川崎のサポーター以外の人々にも喜びをもたらしたのではないだろうか。

 破壊的に強く面白かった。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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