「天下一品」来年創業50年 木村会長「こってりは変えない」今後は「老人ホームを造りたい」

ラーメンをすするポーズをする木村勉会長(大津市)

 どろっと麺に絡みつく鶏がらベースのこってりスープ。多くのファンの胃袋をつかんで離さない京都発祥のラーメン店「天下一品」が、来年で創業50年を迎える。1台の屋台から出発し、全国234店、年商約200億円のチェーンを一代で築き上げたのは、天下一品グループの木村勉会長(85)だ。こってりスープが「元気の秘訣」と言う木村会長に、名物スープの誕生秘話や今後の展望について聞いた。

 ―15年間勤めた画廊が倒産し、屋台を始めたそうですね。なぜ屋台を引こうと考えたのですか。

 「長くボーイやバーテンダー、サラリーマンをやってきた。木屋町や祇園で働いている同僚たちの店に行っても給料をもらうだけ。宮仕えはもう十分。自分で店を持ちたいと思ったけど、お金がない。それで屋台を始めた」

 「屋台を作るのに何十万円とかかるが、手元には3万7千円しかなかった。鍋三つ買ったらぱあや。そんなんでは何もできない。そこで板金屋をしていた私の友人に『困ってんねん、助けてくれや』と持ち掛けた。『わし大工ちゃうし無理や』『そんなん言わんと助けてえな』と。そんなやりとりの後に作ってもらった」

 ―スタートから波乱ずくめです。

 「ラーメンを作るにはネギが欠かせないでしょ。普通、市場でネギを買おうと思ったら一束ごと。でも一束を買うお金がない。1本だけ売ってと頼み歩いて買った。麺の仕入れもそう。そんな苦労をしていたのは今からでは想像できないだろう。私にはその頃、子どもがいたから。子どもに不自由させたくないという気持ちがあったから頑張れたと思う」

 ―こってりスープの誕生の経緯は。

 「ラーメンといえばしょうゆ味。普通の味だったら、一度来たお客さんも次に食べに来てくれない。もっとおいしいものを、と思ったのが3年以上かかり、こってりになった」

 「子どもの飲み残したラーメンのスープを『どういう味なんだろう』とこっそり飲んだりして研究していた。『甘みが足りないからもっと野菜を入れなければ』とタマネギを増やしたり、ニンジンを増やしたり。四苦八苦しながらだった」

■屋台の初日は11杯、本店オープンした時は何百杯と売れた

 ―屋台を引き始めてから4年後には京都市左京区一乗寺に「北白川本店」を構えます。

 「本店ができる前にこってりスープは完成していた。でも、鍋が小さいから、作っても20杯分のスープにしかならない。それでは商売にならなかった」

 ―こってりを本店で食べた客の反応はいかがでしたか。

 「おいしいなぁと感心していた。屋台の初日は11杯しか売れなかったのに比べると、本店がオープンした時は何百杯と売れた。お客さんはタクシーの運転手が多かった。どこにでもある味を出していたらあかん。これだけ濃度のあるスープはいまだにないでしょう。よそにない味をいかに出すか。これが大事やわな」

 ―天下一品でこってりを注文するのはお客のおよそ7割だそうですね。

 「お客さんの半数以上がリピーター。屋台の時から通っていてくれたりする。ありがたいこと。でも50年近くたつと、お客さんも年取ってきはる。運動不足でこってりを食べられないと言うわけ。だから『運動しなさい』とお客さんに言っている(笑)」

 ―あっさりや屋台の味を作ったのは、そのためですか。

 「本音を言うと何種類も作りたくないが、お客さんを無視するわけにはいかん。うちに家族で来てくれても、こってりだけだと、おじいちゃん、おばあちゃんが食べられない。お年寄りも食べられるラーメンをと、あっさりを作った。こってりは食べにくくなったが、あっさりだと頼りないと思うお客さんもいる。屋台の味は、そんな人のためにスープを半分ずつ混ぜて作った」

 ―新型コロナウイルスの影響で、天下一品では持ち帰り用の「家麺」が売れています。

 「持ち帰りと宅配は増えていくやろう。でもね、持ち帰りでおいしいものができても店で食べるラーメンはまたひと味変わる。家でテーブルの前で一人で食べるより、店で待たされて、食べるのがうまいんです。それもワクチンができて、コロナが解決しないことには」

 ―ラーメンブームがずっと続いています。なぜ日本人はラーメンが好きなのでしょう。

 「ラーメンは中国が発祥の地。私も中国にラーメンの研究に行ったことがある。中国で教えてもらったけど、やっぱり味は日本の方がおいしいね。50年前と比べても豚骨や魚介系などいろんな種類のラーメンが出てきている」

 ―今後やりたいことは何ですか。

 「一番に老人ホームを造りたい。マンションもやりたい。物件はようけある。大津市の温浴施設『あがりゃんせ』に来るお客さんからも『早く何か造って』と言われている。いろんなことを考えているが、今はコロナで前に進まない」

 ―会長は85歳と思えません。元気の秘訣は何なのでしょう。

 「それはこってりスープや。今でも毎日味見する。味見でいろんなラーメンを食べるけど、やっぱりこってりが一番うまい」

 ―会長が考える、こってりの魅力とは。

 「とろっとした、麺に絡むスープ。あれがうまい。他のラーメンでは麺にスープが絡まない。うちのこってりスープは流れず麺に絡む。だしがうまいからみな食べはる。あの味は50年変えていない。何でも変えたらいいというものではない。こってりは変えないし、変える必要もない」

 ―それでは最後に、こってりスープの調理法については。

 「大量の鶏がらや野菜などを煮込んでいる。ようけ入れたらいいもんではなく、大事なのはタイミングと量。レシピを知っているのは社内でも数人だけ。作り方はって? それは企業秘密や(笑)」

 きむら・つとむ  1935年生まれ。京都市出身。17歳からバーテンダーなどとして働いた後、勤めていた画廊の倒産に伴い、36歳で屋台を始めた。2005年には屋台時代からの常連客への恩返しの思いも込め、大津市の琵琶湖湖畔に温浴施設「雄琴 あがりゃんせ」を開業した。

 

開業当初の天下一品「北白川本店」。屋台を引き始めて4年後に開店した

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