「査定は一緒でいい」 敗戦処理から最優秀中継ぎに成長した中日右腕の“傷の結晶”

中日・祖父江大輔【写真:荒川祐史】

開幕前に首脳陣からはロングリリーフ「最初は勝ちパターンではなかったんです」

なぜ中日・祖父江大輔の眼光はあんなに鋭いのか? 本人は「気合が入っているだけですよ」と笑う。今年、最優秀中継ぎ投手賞のタイトルを獲得し、8年ぶりのAクラスに大きく貢献した背番号「33」のリリーフ人生に迫った。

11月4日。ナゴヤドームの中日・DeNA23回戦。8回表、4-4で登板した祖父江は2死後、タイラー・オースティンを迎えた。実況する私の隣で川上憲伸氏が祖父江の動きを解説した。

「今、審判から新しいボールを受け取って両手でこねていますよね。おそらくこの時間を利用して考えていると思うんです。ここは絶対に一発を打たれてはいけない。相手のスイングや自分のボールの精度を整理しながら、配球を組み立てているはずです。リリーフは一球が命取りですから。この間はすごくいいですね」

結果は空振り三振だった。12月20日。CBCテレビ「サンデードラゴンズ」に祖父江と川上氏が出演。本番前、私はこの日のことを確かめた。

「憲伸さんの言う通りです。僕も録画で解説を聞きましたが、全部当たっています」。祖父江の証言に川上氏は目尻を下げた。

「僕はボールをこねる間に投げる球を2通りイメージしています。それからキャッチャーのサインを見て、一致したら、そのまま投げる。球種は合っても、コースが違うとか想定外のサインが出たら、首を振りますが、今年の木下(拓哉)とはほぼ合っていましたね」。この準備は去年からだ。

「それまではキャッチャー任せでしたが、自分で組み立てるようになりました。でも、1つでは食い違うことが多いので、2つ考えておく。事前にイメージして、それがサインと合うと、コントロールミスが減ったんです」

今季のベストボールは? 川上憲伸氏がズバリと指摘「それです! 凄い!」

セ・リーグの主なリリーフでトップの与四球率1.25という数字がそれを証明している。そんな祖父江に今年のベストボールを聞いた。すると、「あれちゃう? 大山(悠輔)のインサイドの真っ直ぐ」と川上氏がつぶやいた。「それです! 凄い!」と祖父江が目を丸くした。

10月13日。ナゴヤドームの中日・阪神19回戦。8回表、4-2、中日2点リード、2死一、三塁。一発で逆転。打席に大山。カウント1-2。祖父江はボールをこねた。

「普通は外のスライダーです。しかも、その頃の大山は絶好調で第1打席もホームラン。実は試合前のミーティングで『インコース危険』という指示も出ていたんです。でも、あるなと思いました」

木下拓の指はインコースのストレートを要求した。

「来た! と思いました。もう腹を括って投げるだけ。思いきり行きました」

渾身のストレートはミットに吸い込まれ、バットは空を切り、右腕は拳を突き上げた。イメージとサインが見事に一致した瞬間だった。一方、リリーフ一筋7年で変えていないものもある。登板前のルーティーンだ。

「1年目からブルペンでは10球から15球で肩を作っています。球種は8割がスライダー。これで1回作って、登板直前に4、5球。僕の生命線はスライダーなので、ほとんどがスライダーの準備です」

今年はそこにシュートが加わった。

「去年までも投げていましたが、どうもしっくり来ませんでした。でも、コロナ期間中のブルペンで阿波野(秀幸)さんから『曲げようとしなくていい』というアドバイスをもらって、その感覚で投げたら、掴めました」

変えたもの、変えないもの、加えたものが見事に融合し、祖父江はセットアッパーのポジションを確立した。

「入団以来、僕はいつも登録抹消が隣合わせでした」

「ソブはよくやったよね。でも、本当に凄いのはよくこの地位に来たってこと。敗戦処理から這い上がるのは大変なのよ。確かに勝ちパターンの投手はプレッシャーもあって厳しい。でも、助け合いができる。負け試合のピッチャーは炎上したら、基本は放置で即2軍。それを繰り返しているうちにクビだからね」

川上氏の言葉に祖父江が大きく頷く。

「首脳陣から開幕前にロングリリーフと言われました。最初は勝ちパターンではなかったんです。でも、(岡田)俊哉の不調や又吉(克樹)の怪我が重なって、7回を投げるようになりました。調子も良くて、無失点を続けていましたが、1回やらかしているんです。8月の巨人戦で1アウトしか取れずに2失点して、その後を福(敬登)に助けてもらいました。何とか勝ったので、僕も生き残れたんです」

助け合いの事例は過去にもある。

「タジ(田島慎二)の開幕連続無失点記録の時もナゴヤドームの巨人戦でフォアボールを連発して満塁にした後、岩瀬(仁紀)さんがゲッツーで切り抜けてくれました」と祖父江が言えば、「岩瀬さんもルーキー時代にピンチを招いて代わって、(落合)英二さんが救うケースが何度もありましたよ」と川上氏が続けた。

「でも、敗戦処理は違います。ブルペンで最初に肩を作って、行く行かないで何回も心が揺れて、また作って、ヘロヘロの状態で登板します。その頃、相手はノリノリ。そりゃ、やられますよ。でも、どのみち負け試合なので、無駄なリリーフは出さない。結局、大量失点してサヨナラ。入団以来、僕はいつも登録抹消が隣合わせでした。今年は疲れを心配してくれますが、全然です。勝ちパターンは準備もしやすいし、出番も読めますから。正直、去年までの方がきつかったです」

これまで祖父江は何度も打たれ、見放され、落とされた。ファンが席を立ち、グラウンドに背を向ける光景は今も脳裏に焼き付いている。

「敗戦処理の1アウトも、勝ちパターンの1アウトも同じですよ。査定は一緒でいい」

様々な経験を積み重ねた男の言葉は重い。通算317試合。この中で負った数々の「傷の結晶」が今、眼光となって放たれている。だから、鋭いのだ。切られても、切られても、立ち上がる竜の侍。彼はこれからも腕を振る。ただひたすらに目の前のアウトを取るために。(CBCアナウンサー 若狭敬一/ Keiichi Wakasa)
<プロフィール>
1975年9月1日岡山県倉敷市生まれ。1998年3月、名古屋
大学経済学部卒業。同年4月、中部日本放送株式会社(現・株式会
社CBCテレビ)にアナウンサーとして入社。
<現在の担当番組>
テレビ「サンデードラゴンズ」毎週日曜12時54分~
ラジオ「若狭敬一のスポ音」毎週土曜12時20分~
「ドラ魂キング」毎週金曜16時~

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