【有馬記念】ヴィクトワールピサが2センチ差V 今だから話せる〝有馬仕様〟トレーニング

トルコで種牡馬入りが決まったヴィクトワールピサ(松田助手提供)

【松浪大樹のあの日、あの時、あのレース=2010年有馬記念】

ゼロ・エピソードを無理に引き延ばした前日のホープフルSと違い、有馬記念は両手で足りないほどのエピソードを持っています。栗東トレセンに通い詰めて20年。有馬ウィークは火~土曜まで栗東在駐がパターンなのですから、それくらいのエピがあって当然でしょう──と無駄にハードルを上げて披露するのは2010年有馬記念。ご存じ、勝ち馬はヴィクトワールピサです。ブエナビスタとの差は2センチ! 1999年グラスワンダーとスペシャルウィークは4センチ差なので「世紀の接戦」のフレーズはこちらのほうがふさわしいでしょう。

なぜ、このレースを選択したかと言えば、それはホープフルSを取り上げた前日の当コラムでエアシャカールのエピソードを一つも持っていなかった松田助手に挽回の機会を提供するため(笑)。20年以上も前の話になると覚えていないアラフィフですが、10年前ならギリセーフ。同年代だけにそこらへんは通じるものがあるんです。

そんな彼に振った僕の質問。それは「ジャパンカップの前に話を聞いたとき、有馬記念でしっかりと走らせるために現在は調教の乗り方を工夫しているみたいな話をしてたじゃない? スプリングを伸ばす要領で…だったか、縮めるのどっちだったかは忘れてしまったけど、あれってどういう意味だったっけ?」。

細部まで覚えていなかったのは残念ですけど、ジャパンカップ前の調整がすでに有馬記念を見据えたものだった──。それは確実なんですよね。ヴィクトワールピサの3歳秋はニエル賞4着→凱旋門賞7着からのジャパンカップ→有馬記念。それをクリアするための工夫が必要だった。3着に好走したジャパンカップさえも有馬記念に向けたステップだったんです。

「いや、えげつない記憶力ですね。そうです、その通り。あのとき、僕はヴィクトワールピサの体を伸ばすための調教をしていました。それをスプリングの要領と言ったのもその通りです。例えば、電池をリモコンなどに入れるとき。電池を固定するためのスプリングは少し伸びているじゃないですか。最初に伸びているからこそ、電池を入れたときにスプリングは縮むわけで、そこで縮むからこそ、手を放したときにスプリングはまた伸びて、電池をしっかりと固定する。当時の僕がヴィクトワールピサにした調教はそれです。体を伸ばすことはストレッチの意味合いもあるので、疲労を抜く意味合いもあったかな。ジャパンカップの前は体を伸ばすことだけに専念し、有馬記念のときに一気に弾けさせる。そのイメージで乗ってました。もっとも、ヴィクトワールピサのような走り方を知っているというか、体の使い方を知っている馬だからこそ、体を伸ばしてあげる調教ができたわけで、単に体を伸ばすだけでは伸縮の利かない馬になってしまう。あの馬だからこそ、それをすることができたんですよ」。

4コーナーを引っ張り切りで回り、坂の手前で一気に爆発する。そこのラップタイムはこの1戦で最も速い11秒1となっています。まさに〝スプリング効果〟と呼ぶべきものでした。同時にリーディング上位厩舎はそこまで考えて調教をしているのだなあ…と。そんな原稿を書いていたら、ヴィクトワールピサがトルコで種牡馬入りするというニュースが入ってきました。ドバイの地でも頑張ってくれた馬。異国の地での活躍を願い、2020年の締めとしましょう。

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