遺族だから知る死刑制度の不条理 「命の大切さ」守るために命奪う 息子を亡くした片山徒有さん

By 佐々木央

 年末、「喪中欠礼」のはがきが届く。手に取って、大切な人を亡くした悲しみを思う。もし、その死が不慮の事件によるものなら、ショックや怒りも重なって、受け止めきれないだろうと思う。加害者には死をもって償ってほしいと思うかもしれない。

 死刑制度を支持する大きな理由として、こうした遺族の悲しみや苦しみへの共感・共苦がある。しかし、被害者遺族でありながら、死刑に反対する人もいる。片山徒有(ただあり)さんはその1人だ。 (47NEWS編集部・共同通信編集委員=佐々木央)

死刑執行に遺族の声を反映させるよう求めて記者会見する片山徒有さん=2019年8月1日、東京・霞が関の司法記者クラブ

 ■「負の連鎖」断ち切るために

 23年前の秋、当時8歳だった息子の隼(しゅん)君を交通事故で亡くした。朝の登校途中、横断歩道を渡っていて、大型ダンプにひかれたのだ。

 ダンプは走り去ったが、約40分後に発見され、運転手は逮捕される。だが、なぜか20日後に不起訴処分となる。遺族には処分結果の通知さえなかった。片山さんは東京地検に出向いて不起訴を知るが、理由も教えてもらえない。

 片山さんは立ち上がる。目撃者を探しだして状況を明らかにし、24万人の署名を集め、検察を動かした。再捜査によって運転手は禁錮2年、執行猶予4年の判決を受ける。

 片山さんはその後、被害者支援の会を立ち上げて活動するかたわら、法務省の依頼を受けて、各地の刑務所や少年院で「被害者の視点」を語るようになった。一方的に講演するだけでなく、罪を犯した人と語り合う試みも重ねた。

衆院法務委員会の参考人質疑で、亡くなった隼君の遺影を手に意見を述べる片山さん=2000年4月7日

 筆者が片山さんに出会ったのはそんなころだった。当時、次のように話していた。

 「厳罰化して被害者と同じ痛み、苦しみを味わわせても犯罪はなくならない。『負の連鎖』は断ち切れません」。負の連鎖を起こさない社会、犯罪のない社会はどうやったら実現できるのか。問題意識は、そこにあった。

 刑務所や少年院で出会った受刑者や非行少年の多くは、幼少期に貧困や虐待・いじめといった過酷な体験をくぐっていた。「そういう人たちに規範をたたき込むだけでは意味がないと思うんです

 誕生日を祝ってもらったことがないと打ち明ける少年もいた。彼に「生きることの素晴らしさに気付いてほしい」と願うようになった。

筆者が知り合った頃の片山さん

 ■人は変われると実感

 共同代表を務める「死刑をなくそう市民会議」は12月4日、上川陽子法相に公開質問状を提出した。質問状作成の中心となったのは片山さんだ。前文で次のように述べる。

 ―他者を殺してはならないことは、人として守るべき最初のことであり、法もそれを禁じているのは当然です。しかしながら、死刑は国家による殺人を許容し、その執行は国家自らが禁を犯すものであって、根本において矛盾しているのではないでしょうか―

上川法相への公開質問状を提出する「死刑をなくそう市民会議」のメンバー。質問状を手渡ししているのが平岡秀夫元法相、その右が片山さん

 片山さんは死刑を「極めて悲しい制度だ」と話す。「命の大切さ」を中心に置くとき、主体が誰であれ、理由が何であれ、命を奪うことは否定される。ましてそれが誤判によるものだとしたら…。

 「どんなに慎重に裁いたとしても、冤罪(えんざい)の危険性は消えません。死刑事件だけはそれがないとはいえない。特に科学捜査の進歩によって、後になって冤罪が明らかになるケースは、これからも出てくると思います」

 加害者となった人たちとの交流・対話を重ねて、痛切に思うことがある。

 「極めて重大な罪を犯した人と直接話す機会もありました。彼らの話すことを聞き、立ち直っていく様子を見て、人は変われるんだと実感しました」

 そのように変わっていき、立ち直った人の命を、判決時の判断によって奪っていいのか。「今の日本に死刑制度は必要ないと思うようになりました」

上川法相への質問状提出について記者会見する「死刑をなくそう市民会議」のメンバー。左から2人目が柳川朋毅氏

 ■遺族の思いの中核にあること

 公開質問状には、被害者遺族からの継続的な心情聴取を求める質問を盛り込んだ。死刑制度を維持するなら、せめて改善してほしい点だ。引用する。

 ―死刑判決の多くは被害者遺族の厳しい処罰感情を極刑判断の一つの根拠にしますが、遺族の感情も同一でなく、また、時間の経過によってその感情も変化します。このことについてどう受け止めていますか。これに関連して、死刑執行前に遺族から意見を聞く考えはありませんか―

 確かに死刑制度や死刑執行に懐疑的・否定的な遺族も、少数だがいる。

 「それに被害者遺族にとっての救いは、加害者を処罰することだけではありません。物心両面で手厚い支援があれば、厳しい処罰感情が和らいでいくこともあると思います」

 時を経て、死刑を執行しようとする段階で、遺族の気持ちが変化しているなら、判決時の強い処罰感情に依拠して加害者の命を奪うのはおかしいのではないか。遺族の感情や状況の変化を国は知ろうとするべきではないか。

12月15日、いわゆる座間の9人殺害事件で被告に死刑判決を言い渡した東京地裁立川支部の法廷

 死刑確定者の「生きる権利」についても、質問状で問うた。死刑執行を待つ立場の人の「生きる権利」とは? 片山さんは遺族の思いから説き起こす。

 「被害者遺族の死刑確定者に対する望みは何でしょうか。もちろんこれも多様なのですが、本当の謝罪をしてもらいたいという思いが中核にあることは共通しています。自分の大切な人の未来を奪ったことを『本当に済まなかった、申し訳なかった』と思ってほしい。量刑を軽くするためのうわべのそれではなく、心の底から謝ってほしいのです」

 ■死の瞬間までより良き生を

 片山さんが被害者遺族から実際に聞き取った言葉を抜き出しておく。

 「どうして自分の家族が被害者として選ばれてしまったのか」「心からの謝罪をしてほしい」「加害者は本当に更生しようとしているのか」

 こうしたことを知るために、被害者遺族に死刑確定者の状況を伝える仕組みも必要だ。

 「伝えられる死刑確定者の状況が、反省の途上にあるなら『まだ死んでほしくない、もっと罪の重さに苦しんでほしい』と思うかもしれません。深く深く悔悟しているなら、死んでほしいというより、胸の内を、謝罪の言葉を聞きたいと思うかもしれません」

 これを加害者の側から捉え返すなら、加害者が自らの罪と心から向き合い、生き直しの過程を歩むことに他ならない。しかし現状では、死刑確定者の更生に向けた積極的な働きかけはほとんどない。いわば「座して死を待つ」だけだ。

 「人は死の瞬間まで『より良き生』を生きる権利があります。被害者遺族の思いに寄り添った処遇、人としての立ち直りを目指した教育が、死刑確定者にも行われるよう願っています。そして、その結果が遺族に伝えられ、あらためて意見を聞いたとき、執行に否定的だったとしたら、それを尊重してほしいのです」

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