「不幸を見せる番組ではない」人気戦力外ドキュメントが視聴者に共感される理由

元ダイエー・大越基氏(左)と元西武・宮地克彦氏【写真提供:TBSテレビ】

1989年、夏の甲子園準決勝で投げ合った大越と宮地、忘れられない非情なコントラスト

今年も年末の風物詩となっているTBS系「プロ野球戦力外通告」が29日午後11時10分から放送となる。人気番組は同局のドキュメンタリー「ZONE」の企画から生まれ、今回で17回目を迎える。戦力外になった男たちを追う構成は変わらないが、なぜ長きに渡り、視聴者の心を引きつけるのか。制作サイドの言葉から紐解いた。

這い上がろうとする姿、家族の支え……人生の岐路に立つ瞬間は見ている側の心を打つ。トライアウトを経て、獲得に乗り出す球団からかかってくる電話の着信音は何度聞いても鳥肌が立つ。野球を断ち、次のステップに進む背中を見るのも感慨深い。立ち上げ当時のプロデューサーであるTBSテレビ・菊野浩樹氏(現ライブエンタテインメント局長)と現プロデューサーの後藤隆二氏に話を聞くと、制作のポリシーが伝わってきた。まずは菊野氏の番組にかける思いをお届けする。

菊野氏は「戦力外通告」という言葉を世に浸透させたと言っていい。普通に使う言葉ではなかったが、番組の企画の人気化、合同トライアウトの注目により、2003年頃から密かなブームとなった。

まだ「ZONE」内の企画の一つだった頃、忘れられない回がある。2003年、元西武の宮地克彦氏(エイジェック女子野球部コーチ)と元ダイエーの大越基氏(山口・早鞆高監督)を取り上げた時だった。

この2人を取り上げたのには理由があった。1989年の夏の甲子園準決勝、宮地氏の尽誠学園(香川)と大越氏の仙台育英(宮城)が戦っていた。注目のエース同士は、延長10回を投げ合った。結果は大越氏の仙台育英の勝利。同じ舞台で戦ったその2人が、同じ2003年にクビを言い渡された。

大越氏は2003年の日本シリーズにも出場していた。日本一に貢献するプレーを代走の出場から見せていたが、シリーズ終了後の2日後に非情の戦力外通告を受けた。菊野氏は回想する。

「『どうせクビにするならば日本一になる前にしてくれ』と大越さんはカメラの前で言っていました。当時、担当のディレクターがその映像を持ってきたとき、番組が進化したなと思えました。選手がクビになって、新しい道を目指すという物語から、(現行の)制度に一石を投じるという要素がありました」

12球団合同トライアウトは2001年にスタートした。戦力外となった選手は、2003年当時、トライアウト前に球団がそれぞれ開催する入団テストを受けることができた。西武を戦力外となった宮地氏はダイエーが日本シリーズを戦っている間、近鉄など3球団のテストを受験。合同トライアウトも受験し、すぐ声はかからなかったが、後にダイエーからオファーがあり入団。2004年は規定打席未到達ながらも打率3割超え、翌2005年はレギュラーを獲得し「リストラの星」とまで言われる活躍だった。

一方、大越氏は日本シリーズの9日後にあったトライアウトの一発勝負。受験してロッテの入団テストに呼ばれたが、不合格となり、プロの舞台と別れを告げた。非情なコントラストが描かれたが、当時の制度の不備、不公平さも露わになり「番組で訴えることができました」と問題提起となる回となった。

戦いが終わった後、男の一言は重い

時代とともに変化していく戦力外通告の場面。文化として浸透していった。約20年、クビになった男をカメラが追うという同じような構図でも時代背景が変われば、それは新しい絵図となって視聴者に届く。

「今年はコロナもあって、給料も下がって、ボーナスも減って…という心理で見る視聴者もいると思います。うちはそうではないと思いながら見る方もいる。人の不幸は蜜の味ではないですが、そういう視点で見る人がいることも否定はできません。でも、これは不幸を見せる番組では絶対にない。この番組は努力しても敗れ去った人たちの何かに光を当てるんだと始まった企画ですから」

菊野氏は漫画家・水島新司氏の「野球狂の詩」で野球には努力しても勝てない要素があることを学んだ。作家・沢木耕太郎氏の「敗れざる者たち」、永沢光雄氏のノンフィクション「強くて淋しい男たち」にも触れ、散っていく様に焦点を当て、もう一つの野球界のドラマを届けたいと思い、これまでもドキュメンタリーを作ってきた。

「クビになるのは辛いことですし、自分としては見せたくないところを全国にさらけ出すことになるわけです。そうしたことを受け入れて(出演をしてもらい)その戦いが終わった後に、選手が“何を言うのか”。それは家族に向けてなのかもしれないし、インタビューに答えるのかもしれない。ただ、戦い終わった後の男の一言は重いんです」

その言葉が何なのかが知りたい。それを届けることが責務だった。

2003年の大越氏の言葉に始まり、戦力外ではないものの今年、トライアウトに出場した元日本ハムの48歳、新庄剛志氏が「歳と時代には勝てない、というけど、俺は歳には勝った!」とTBSの密着カメラの前で発した。菊野氏にはそこに人間味を感じた。

これまでの「戦力外通告」の放送の中でも、選手が発する言葉は全員、違う。表情も異なる。そして、時代背景も変わっている。17回目となっても、新しさを生み出しているのは人々が置かれている状況が違い、戦い抜いた後に生まれる言葉があるから。そこへの着目点が番組の存続、人気のカギとなっていた。

◇菊野 浩樹(きくの・ひろき) 1968年5月14日生まれ、東京大学教育学部卒。1992年TBS入局。「ZONE」「プロ野球戦力外通告~クビを宣告された男達」「バース・デイ」「サワコの朝」「ライバル伝説…光と影」などを担当。現在はライブエンタテインメント局長。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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