空き家が“負動産”に 「売るなら早ければ早いほどよい」と専門家が考える理由

数年前から取り沙汰されている空き家問題。「親も高齢化してきたし、実家のことはぼちぼち考えないといけないな」と考えている方も多いのではないでしょうか? しかし、のんびり構えていると後々、後悔することになるかもしれません。

空き家の相談・管理を行うNPO法人「空家・空地管理センター」の伊藤雅一理事は、「空き家への対応は早め早めが肝心です。手遅れになるとどうにもできなくなり、空き家が“負”の資産になってしまう」と指摘します。


「手遅れになる」とは?

――「手遅れになる」とは、どういうことでしょうか?

空き家の多くは「親から相続した家」か「親が住んでいた家」です。親が住んでいた家が空き家になるきっかけは、親が病院や老人施設に入ったからというのがほとんど。そのとき、親が自己判断できなくなっているというケースが少なくありません。うちに来る相談の中でもっとも多いのがこの事例です。

たとえば、10年前にお父さんが亡くなり、土地や家屋をお母さんの名義にしたとします。配偶者控除があり、相続税が安くなりますから、まずは妻が相続するというのはよくあることです。ただ、そのお母さんが認知症になって施設に入って空き家になったという場合、お母さんが亡くなるまで売ることも貸すことも、壊すこともできないというのが一般的なルールなんです。

――司法書士さんでも無理ですか?

認知症となり、医師の診断が下ると、司法書士でも不動産の登記はできません。もし事前に成年後見人を決めていたとしても、後見人が財産を自由にできるのかというと、そうではないんです。あくまで財産の管理を任されているだけなので、その都度、家庭裁判所に申し立てをしなくてはならない。親の入院費捻出するために売りたいと思っても、裁判所が認めなければできません。そういう手間が、後追いで発生することになるんです。

――それは、めんどくさくて、途中で嫌になります。

結果、どうしようもできず放置、ということになってしまう。ご相談があった空き家を見に行くと、室内にはお布団が敷きっぱなしで生活の痕跡そのままに家主だけが消え、時が経ったという家もあります。

もちろん、空き家になってもきちんと管理できていれば問題はないのですが、管理には手間やお金がかかりますし、固定資産税はかかり続ける。空き家について、先延ばしにしていいことは一つもないんです。

事故が起きれば損害賠償責任も

――住んでもいない家にコストをかけたくないと、放置してしまう人の気持ちはわからなくもありません

放置空き家の問題のひとつは、近隣トラブルや損害賠償責任の原因になるということです。

2015年5月に施行された「空家等対策の推進に関する特別措置法(空家等対策特別措置法)」によって、行政は問題のある空き家に対して必要な措置を取ることが可能になったわけですが、法律が浸透するにつれ、一般の人が苦情を行政に訴えやすくなりました。

――ご近所トラブルの原因になるんですね

放置していれば、雑草が生い茂り、庭木の枝が道路や隣家にまで伸びる。虫が発生したり、ハクビシンなどの動物が棲みついたり。景観や治安が悪くなるばかりでなく、衛生的な問題が発生し、近隣へ迷惑をかけることになります。

――自分がお隣さんだったら、いやです

また、家屋の倒壊の危険も生じます。屋根の瓦が落ちて隣家の車を傷つけるくらいでしたらまだいいほうで、ブロック塀が崩れて近隣の方にケガをさせてしまうなんてこともある。そのとき、管理責任は所有者に問われます。「空家等対策特別措置法」は、空き家の所有者は適切に管理する責任がある、と明確にしています。「遠方に住んでいてわからなかった」というのは理由にならないのです。

――賠償金の負担だけでなく、精神的にもダメージが大きそうです。

それだけではありません。放置すればするだけ、資産価値は目減りしていくんです。将来的に中古住宅として売りたいと考えていたとしても、空き家である期間が長ければ長いほど家は傷んでいきます。早く売れば建物も十分評価されたのに、5年6年と空き家にしてしまったことによって、修繕する必要が生じたり、土地の価値しか評価してもらえなかったり。

賃貸に出すという場合も、1年以上も放置していたら、水回りなどはダメになってしまうので、お風呂やキッチンなどの高額のリフォーム費用がかかる可能性があります。そろそろ、具体的に利活用をと動き出しても、必要なお金を工面できないといったこともあるわけです。

――で、結果、やっぱり放置、と

この先、不動産価格がどんどん上がってくとは考えにくく、将来的に売ろうと思っているのであれば、早い時期に売ってしまったほうがいい。賃貸を考えている場合も同様です。早く備えることで、近隣トラブルや損害賠償責任を回避でき、資産価値を維持、経済的負担を抑えることができます。

家をどうするかの方向性を決めることから

――具体的には何からはじめたらいいでしょうか?

まずは、話し合うこと。今年は難しいかもしれませんが、年末年始やお盆など、みんなが集まったとき「この家、どうしようか?」と相談するといいでしょう。

所有者である親の気持ちは大切ですから、この先、どこに住みたいのか? 誰に引き継ぎたいのか?を聞いておく。一方で相続する側にとっては必要な資産なのか、不要な資産なのか。今後、有効活用したい、持ち続けたい、さらに子供に相続させたい資産なのか。それぞれの意思を確認し、書面化しておくといいと思います。

――親や兄弟姉妹がどう考えてるのか、実際にはわかりませんもんね

それぞれの気持ちを確認し、たとえば、家と土地は手放すという方向性が決まれば、4LDKの大きな家にお母さん一人で住んでいることはないから、駅前の便利でコンパクトなマンションに住み替えようとか、元気なうちに売却や賃貸の手続きを進めようとか。いい状態で先に進めることができる。そこまでしておけば、あとは何かあっても名義の変更だけで済みます。

――空き家問題は親の「終活」でもありますね

運転免許証の返納を説得することすら大変ですから、親の万が一について話を切り出すのは難しいかもしれません。しかし、空き家にして放置しておいても、先のようなリスクを抱えることになりますし、その間、ずっと固定資産税はかかり続ける。「お金を生み出す資産」になるか、「お金が出ていく負の資産」になるのかの分岐点は、事前の話し合いにあるのです。

――確かに

また、うちにくるご相談のうち、親族間トラブルに起因するものも少なくありません。

たとえば、土地や家屋を子供3人の共有名義で相続した場合、3人の意思が同一になっていないと、先に進みません。売りたい兄と売りたくない弟2人が対立して、「ハンコを押してもらえない」「そもそも不仲で連絡先も知らない」といったケースは珍しくありません。

やはり、書面で残しておくことが大事です。兄弟それぞれが親から口頭で「お前にやる」と言われ、「あの家は私がもらうはずだった」と骨肉の争いになってしまいます。

――ドラマみたいな話ですが、本当にあるんですね

事実上、すでに所有している場合も同様です。現在、相続登記は義務付けられていませんので、名義がひいおじいちゃんのままということも普通にあります。もし、名義が変えられてなければ、遺産分割協議書を作成し、相続登記をしてから売却されたほうが良いと思います。

現在、相続登記を義務化しようという動きがあります。今現在、相続登記がされていない不動産も対象になるとも言われているので、今後、放置しておくわけにもいかなくなるでしょうね。

――どうしようもなくて空き家になることがある、というのがよくわかりました

空き家問題は他人事ではありません。団塊世代の持ち家率は80%以上だと言われています。2007年にこの世代の大量リタイアが問題となりましたが、2025年にはこの世代が後期高齢者となります。かりに、一人っ子同士が結婚して自分たちでマンションを購入したら、夫の実家と妻の実家、2軒の空き家の管理を担うことになります。

管理するお金がない、相続問題で揉めているなど、「空き家」として放置しておく理由はいろいろあります。しかし、先延ばしにすればするほど「負のスパイラル」にはまってしまう。

「空き家」が活かせる資産になるか、“負動産”となってしまうかの分岐点は、皆さんが思っていいるよりはるか手前にあるのです。

伊藤雅一 NPO法人「空家・空地管理センター」理事。
同センターは、空き家・空地の管理のほか、各種調査やデータを公表、活用に関するコンサルティングを行う。渋谷区や所沢市などと自治体と連携し、セミナーや相談会を実施。東京都の「空き家利活用等普及啓発・相談事業」の実施事業者にも選定されている

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