笑顔忘れず生命と向き合う 大切な牛舎は「復興の証し」 島原の畜産農家 川口礼子さん

120頭余りの牛を育てている川口さん。笑顔を忘れず、生命に向き合っている=島原市江里町

 雲仙・普賢岳を間近に眺め、四方を山や畑に囲まれた長崎県島原市江里町にひっそりとたたずむ牛舎がある。そこで120頭余りの肉牛を育てている川口礼子さん、24歳。「(今の生活に)不満は全然ないですよ」。汚い、きついといったイメージが根強い畜産の現場でも、彼女は笑顔を忘れず、自然体で生命と向き合っている。2021年は丑(うし)年-。

 礼子さんは18歳の頃、夫の雄也さん(26)と出会い、高校卒業後に結婚。嫁いだ先に牛舎があった。当時は義父が兼業で約60頭の牛を肥育。平日の日中は見回る人がおらず、その仕事を引き受けたのが始まりだった。
 長崎市生まれ。牛を育てた経験があるわけもなく、右も左も分からなかった。義父の指導や本で勉強するなどし、牛について理解を深めた。昼間に牛の異変を察知したらスマートフォンで義父に動画を送信。「礼子が来て(牛の突然死など)事故はない」と義父も厚い信頼を寄せる。
 毎朝6時、寝ぼけ眼(まなこ)で牛舎へ行き、義父と1時間半かけて餌をやる。わらは1束17キロ、飼料はスコップ1杯2キロの重さ。以前は両手でも持てなかったが、今では軽々とこなしていく。
 2児の母でもある。夕方の餌やりを終え、汚れたヤッケを脱ぎ、結んだ髪をほどき、ママの顔に。保育園へ迎えに行くと、待っていた兄弟がうれしそうな表情を浮かべた。家では夫の両親らと8人暮らし。買い物や食事の準備と大変な面もあるが、家族全員の仲が良く、心地いい。毎晩一緒に食卓を囲み、ハイボールをごくり。その1杯が元気の源だと笑う。
 休日は牛の世話を義父に任せ、羽を伸ばす。大家族の利点を生かした畜産農家の働き方改革だ。牛舎を離れれば、おしゃれも化粧も楽しむ普通の若者。新型コロナウイルスの影響で以前のような遠出は難しいが、家族4人で買い物に行ったり、公園で遊んだり。学生の頃に思っていた将来の道とは「かなり違った」けれども、たどり着いた今が「幸せです」。
 川口家は以前、島原市の千本木地区に居を構えていた。雄也さんの祖父が同地区に牛舎を建てようとしていた矢先、普賢岳が噴火。同地区は警戒区域となり、住み慣れた古里を離れざるを得なかった。現在地の同市江里町に牛舎を建てたのは、仮設住宅での生活を終えた1998年。牛舎は川口家にとって「復興の証し」だった。
 鉄骨工として働く雄也さんは、大切な牛舎を守る妻に「ありがたい。なかなかできることではない」と感謝と尊敬の言葉を選んだ。未来図はまだ、ぼんやりとしているが「仕事を続けながら(夫婦で)協力して頭数も増やしていければ」。近く、雄也さん自らの手で牛舎を増設する予定だ。
 育てた和牛が県内の品評会で入賞するなど腕を上げている礼子さん。子牛に手間をかけるほどに肉質が向上し、結果につながっていく。他の仕事では味わえない、そこに魅力を感じる。最近は子牛の競り市にも足を運び“目利き”も勉強中だ。「(子牛の良しあしは)まだ全然分かりませんけど」。新たな目標に声も自然と弾む。

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