日本一早い紅白歌合戦総括、MVP玉置浩二が受け継いだ “生・紅白” の魅力! 2020年 12月31日 第71回「NHK紅白歌合戦」が放送された日

第71回紅白歌合戦、「生・紅白」「2.5次元紅白」とは?

筋金入りの「紅白ファン」を自負する私だが、さらに但し書きを付けるとすれば「古風な紅白ファン」となる。具体的には、昭和の「生演奏・生歌・生放送」の紅白をこよなく愛する者だ。

平成に入ったあたりから、バックの演奏が録音済のカラオケ(=CD音源と同じ演奏)が多くなり、また平成中期からは、アイドルを中心に「口パク」(もしくは、歌入りカラオケに生歌を被せること)が増えて来た。

加えて最近では、NHKホールではない、別のロケーションで撮影されたような完パケ映像が挟み込まれることも散見され、つまりは、生放送かどうかすら怪しいシーンもある。

もちろん、「生」による様々なリスクを回避し、番組のクオリティを保持出来るという利点はよく分かる。

それでも、50代の「紅白ファン」として、1982年のサザンオールスターズ『チャコの海岸物語』や、1990年の植木等『スーダラ伝説』をリアルタイムで観た者としては、「生演奏・生歌・生放送」=「生・紅白」に惹かれる気持ちを抑えることが出来ないのだ。

昨日(2020年大みそか)の紅白は、無観客開催に加えて、3つの会場(NHKホール、101スタジオ、オーケストラスタジオ)の併用、加えて、様々な中継も挟み込まれることで、上に書いたような「生・紅白」感が乏しかった。だから前半は、なかなか気分が乗らなかった。

さらには、ダミーの拍手や、画面左上に載せられるフレーズ(「EXITも参戦!ハンドサインに注目」的な)なども相まって、民放のゴージャス系音楽番組のようにも見たのも、気分を乗らせない要因だった。

古き良き「生・紅白」が、NHKホールの空間や熱気が立体的に体感出来る「3次元紅白」だとすれば、昨夜のは、「3次元紅白」に2次元映像の巧妙な編集を加えた「2.5次元紅白」だと思いつつ、私は、昨夜の前半をぼんやりと観ていた。

YOASOBI、星野源、玉置浩二に感じた「生・紅白」

しかし紅白はロートルファンにも優しい。後半に入って「2.5次元紅白」が徐々に3次元化して来る。まずは31番目に登場のYOASOBI。ボーカルikuraの生歌がひたすら素晴らしい。単なる生歌ではない。あの機械的な音列を紅白という場で、生歌で再現するのだから。

また40番目の星野源は、今回もいいパフォーマンスを観せてくれた。生歌に加えて(おそらく)生演奏。タイトなリズムセクション=河村 “カースケ” 智康(ドラムス)とハマ・オカモト(ベース)に、今回は武嶋聡という人のサックスが白眉。星野源ファンの若者に加えて、多くの「生・紅白」ファンを魅了したことだと思う。

そして何といっても、玉置浩二『田園』。玉置の出演がなければ、今回の紅白はかなり寂しいものになったに違いない。逆に言えば、玉置がいたからこそ、今回の紅白が成立したといっても過言ではないだろう。

「玉置浩二 PREMIUM SYMPHONIC CONCERT」の迫力そのままに、ベートーヴェン交響曲第6番『田園』のフレーズを活かした生オーケストラをバックに、生の玉置浩二が生々しく―― 吠えた!

さすがに、90年の植木等『スーダラ伝説』や、12年の美輪明宏『ヨイトマケの唄』の水準には届かないかと冷静に思いつつ、それでも、2020年、コロナウイルス「第3波」の中、不安な面持ちで観た紅白を思い出すとき、まずは玉置浩二のシャウトを思い出すことだろう。

「エール」かどうかは聴き手に委ねられる

番組の中で、何度も「エールを届けたい」というフレーズが使われた。入院している人に、医療従事者に、ひいてはコロナに不安を抱くすべての人々に「エール」を、ということだろう。

狙いとしてはよく分かる。ただ思うのは、その歌を「エール」だと感じるかどうかは、聴き手に委ねられているということだ。

「生きていくんだ それでいいんだ」 「僕がいるんだ みんないるんだ」

―― 玉置浩二が歌う、これらのけれん味のない真っ直ぐなフレーズの方が、「この歌はエールです」と説明されるよりも、奮い立つものがあると感じるのは、私が50代のロートルだからだろうか。

追記:二階堂ふみには歌も含めて敢闘賞を差し上げたい。坂本冬美は、桑田佳祐による激烈な歌詞をフルコーラスで聴きたかった。天童よしみには(五音音階の単調な演歌ではなく)洋楽のバラードを歌っていただき、島津亜矢と競ってほしい。miletの声質は今後が楽しみ。で、郷ひろみ×筒美京平と言えば『恋の弱味』だったろうに。

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カタリベ: スージー鈴木

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