すべての経験を糧に まだまだ強くなれる 柔道五輪代表・永瀬貴規

2020年12月20日、母校を訪れた永瀬。地元で東京五輪への決意を新たにした=諫早市、長崎日大学園第1体育館

 東京五輪代表に決まっている県勢の中で、唯一の2大会連続出場となる柔道男子81キロ級の永瀬貴規(旭化成、長崎市出身)。前回の銅メダルを金メダルに変えるため、右膝の大けがやコロナ禍の試練も糧に成長を続ける27歳に、2021年の決意などを聞いた。

 -2020年を振り返って。
 東京五輪代表に選んでいただいたが、コロナ禍で五輪が延期に。柔道ができない期間が続き、日常生活も制限されるなど、考えさせられた。山あり谷ありだったけれど、いろんな意味で“充実”した1年だった。

 -“充実”と前向きに捉えられる理由を。
 いい経験も悪い経験も糧にしていかないといけないと思っている。のちのち振り返ってみたときに「あの経験があったから」と言いたい。だからこそ、成長できると思っているので。

 -2月の国際大会以来、試合がない状況。どんな準備をしているか。
 4月から続いた柔道ができない数カ月間は割り切って、筋力やスタミナの維持に重点を置いてトレーニングしてきた。夏にようやく柔道ができるようになって以降は、自分の柔道の幅を広げる取り組みをしている。

 -具体的には。
 チャレンジしている技もあるし、組み手もバリエーションを増やしている。五輪が延期になってできた時間を無駄にせず、自分の限界を止めずにもっともっと成長していきたい。まだまだ強くなれると思っている。

 -モチベーションをどう保ってきたか。
 「東京五輪で金メダル」という目標をぶらさずにやってきた。柔道ができずに先の見通しが立たなくても、きょうの課題、今週の目標など、目に見える部分に地道に取り組むことが次に生きてくる。そう信じて過ごしてきた。そして、いろいろな方の応援の力が自分を後押ししてくれている。

 -仕切り直しの五輪イヤー。あらためて意気込みを。
 前回のリオデジャネイロ五輪の悔しさは今も忘れていない。それを晴らすため、東京で勝つために厳しいトレーニングや稽古に励んできた。いろいろな方に支えられて今の自分がある。その方々に感謝の気持ちを込めて恩返しできるように、五輪で必ず優勝したい。

 -地元の人たちへ伝えたいことは。
 コロナ禍で苦しかったり、なかなか思うように活動できなかったり、不安を抱えている方も多いと思う。東京五輪が開催されたときに、私が戦う姿や勝つ姿を見て「五輪が開かれてよかった」「あいつが頑張っているから、私たちも頑張ろう」と思ってもらえるような試合がしたい。金メダルを取って、長崎へ報告しに帰りたいと思っているので、引き続き応援よろしくお願いします。

 【略歴】ながせ・たかのり 長大付小1年時に養心会で柔道を始め、長大付中から長崎日大高に進学。個人81キロ級で春夏計2度の高校日本一に輝いた。筑波大2年でユニバーシアードを制し、4年の世界選手権で県勢初優勝。翌年の2016年に旭化成へ入社して、リオデジャネイロ五輪で銅メダルを獲得した。17年秋に負った右膝の大けがを乗り越え、19年は国際大会を4連続制覇している。181センチ。

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