ノムさん男泣き…プライドをズタズタにしたオーナーの非情な仕打ち

ベース投げを行った野村監督(2009年10月14日)

【球界平成裏面史・楽天09年編(8)】ソフトバンクと楽天による平成21年(2009年)のクライマックスシリーズ(CS)第1ステージを2日後に控えた10月14日、全体練習を終えた野村克也監督はKスタ宮城の三塁ベンチに腰を下ろしたまま、報道陣と雑談を続けていた。次期監督は同年まで広島の指揮を執ったマーティー・ブラウン氏が濃厚。勝ち続けて球団フロントのハナを明かしたいと思う一方で、虚しさもあった。

この日の夜、ナインが決起集会を開催すると聞いた指揮官は「選手が燃えてくれるのはありがたい。涙が出るな」とポツリ。しばらく誰もいなくなったグラウンドを見つめていたが、報道陣のふとした提案でブラウン氏が審判への抗議の場で披露した「ベース投げ」を体験することになった。

多くのカメラマンが取り囲む中、ベースを持ち上げると「こんなに重いの知らなんだ」と言いながら「ブラウン吹っ飛べ!」とブン投げ「もう終わりだからな。何でもありだよ」と半ばヤケクソ気味に笑い飛ばした。そんな気持ちにもなるような出来事が起きていた。11日、レギュラーシーズン最終戦後に行われた、島田オーナーとの直接会談での非情なやり取りが、のちに判明したのだ。

15日に発売された週刊誌で、沙知代夫人が一方的な通告に終始した会談の模様を暴露していたが、実はコレにダメを押すようなやりとりが両者の間で行われていたという。球団関係者によれば、会談の席上で島田オーナーが「監督の本音、本心を聞かせてほしい」と切り出し、ノムさんは「本当は80歳、90歳まで監督をやりたいと思っている」と切実な思いを打ち明けた末に「監督をやらせてほしい」と〝懇願〟までしたというのだ。

名将、知将として「必要とされて引き受ける」というスタンス、プライドを守ってきたノムさんの、おそらく最初で最後のお願い。しかし「オーナーは聞くだけ聞いて、結局『契約ですから』と改めて解任を告げたそうです。それなら聞く必要もなかったし、あまりにもむごいですよね」(球団関係者)。

プライドをズタズタにされたノムさんは、その後本紙の直撃にフロントから打診されながら保留にしていた「名誉監督就任」と、背番号19の永久欠番、さらに愛息・克則コーチの来季再契約、すべてを断ると明言。CS第1ステージ初戦の試合前ミーティングでは、その思いが「涙」となってあふれ出た。

「みんなの力でCSに出られました。ペナントと短期決戦は違う。当たり前のことを当たり前に、自分の役割を果たそう。みんなどこを向いて野球をやるのか。ファンを向いて野球をやろう」と語りかけ「私事で申し訳ないが、球団から解雇通告がありました。解雇される理由は分からない。契約、契約というが、何球団と渡り歩いてきて初めてだ。人の心はあるのか? 人の心としてどうなんだ? みんなと一緒に野球をやりたかった」と言って男泣きした。

選手によれば「こらえ切れないような泣き方だった」という涙に、最後は「(泣いてしまって)すいませんでした」と締め、首脳陣ももらい泣きしていたという。

グラウンドへ向かう通路でも指揮官は「涙もろくなったのかな。泣いちゃったよ」と感情を抑えきれない様子だったが、これでチームは一丸となった。打っては4本塁打11得点でソフトバンク先発・杉内を撃破。投げてはエース・岩隈が132球の熱投で完投勝利を飾り、11―4と圧勝した。

球場の大歓声は次第に「野村コール」へ。試合後「まず1勝!」とご機嫌で会見場に現れたノムさんは「なんで涙が出たのか。悔し涙よ。一生懸命やって、いい結果を出してクビっていうのが悔しくて。情けに訴えるつもりはないけど、次に来る監督がそんなに素晴らしい監督なら潔く引くけども…もう意地ですよ。(CSは)『くそったれシリーズ』ですよ」と素直な気持ちを吐露した。

勢いは止まらず、第2戦も田中が123球の無四球完投勝利。2連勝で第1ステージ突破を決めた。あの涙でチームの誰もが「野村監督と1日でも長く野球をやりたい」との思いで心を一つにしていたが、実はそんなムードに水を差す出来事も起きていた――。

=続く=

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