クリスマスや正月を楽しめる人ばかりではない 欧州では鬱になるケースも【世界から】

ドイツ南部ニュルンベルクで開催されているクリスマス市。今年は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて中止になった=2013年11月(ロイター=共同)

 2021年が始まった。新型コロナウイルスの影響で初詣こそ行けなかったが家族と一緒に水入らずのひとときを過ごせた方も、いつものように寝正月だった方もいるだろう。筆者が住むオランダには、新年を盛大に祝う習慣がない。隣近所の人たちと「あけまして、おめでとう」を言い合うくらいのものである。

 「なんだ、簡単でいいなあ」とおっしゃるなかれ。オランダでは、なんと12月中に三つもの伝統行事を祝わねばならない。師走になれば、こうした行事がめじろ押しになるのは万国共通だろう。しかし、オランダのそれは度を越えているのだ。(オランダ在住ジャーナリスト、共同通信特約=稲葉かおる)

 ▽「クリスマス」が2度?

 読者の皆さんにとって、クリスマスとはいつのことだろう? こんな質問をすると、誰もが声をそろえて12月25日と答えるに違いない。

 しかし、オランダにはクリスマスが2度ある。両方とも「赤い服を着た聖人」が人びとにプレゼントを施すという想定は同じなので、ここは2度としよう。

 最初にむかえるクリスマスは、「聖ニコラス祭」だ。これは、実在した聖人ニコラスの命日である12月6日に行われる。祭りの主役は子供たちで、その意図は「良い子だけに、聖ニコラスが贈り物をくれる」というものだ。ちなみに、子供たちの祭りのため、命日ではなく誕生日として祝われている。

 行儀のいい子供を探すために聖ニコラスは、ボートに乗ってわざわざスペインからやってくるのである。言い伝えとはいえご苦労なことだ。

 実際には白いつけひげに赤い服を着て聖ニコラスに変装したオランダ人のおじいさんが、ボートに乗って河川を下ってくる。それを子供たちは今か今かと待ちわびる。川岸に到着するなり、「みんな、いい子にしているんだよ! そうすれば、私がプレゼントをあげるからね!」と聖ニコラスはのたまう。

 聖ニコラスが持参する予定のプレゼントを購入するのは、子供たちの親たち。「年に1度だし、子供のためのお祭りだから」と、どの親も奮発する。子供たちが喜べば喜ぶほど、親たちの懐具合は寒くなるばかりである。

聖ニコラスを迎える子供たち=Indebuurt提供

 ▽サボり、開き直る

 聖ニコラスがスペインへ帰ると、次はクリスマス。そう、皆さんも知っているサンタ・クロースが登場する世界的イベントだ。いわば「本番」なので、街も人びとの生活もあっという間にクリスマス・モードに切り替わる。どの店にもツリーが飾られ、BGMは定番の「ホワイトクリスマス」。スーパーマーケットは日本の満員電車並みの大混雑になる。こうなると、もはや楽しむどころではなくなる。誰もがクリスマスの準備に“殺気立って”しまう。

 オランダのクリスマスは、日本の正月と似ている面もありそうだ。日本で「おせち」があるように、クリスマス専用の料理を手作りする。さらに、自分たちの家族はもちろん、義理の家族も全員集合して祝わねばならない。プレゼントの交換ももちろんある。

 年に1度のクリスマスなんだから、みんなでわきあいあいと楽しく過ごそうとなればいいのだが、そこは人間。うまくはいかないのが実情だ。

 クリスマスを前にどうやって上手に「サボる」か、知恵を絞る人も珍しくない。

 「しゅうとが来るなら絶対に行かない」や「いとこのA男やB子が来る前に帰るからね」と宣言するだけならまだしも「プレゼントは当日前に郵送するんだから、不参加だって文句は言われないだろう」と開き直る者もいる。

クリスマスのことを考えただけで心がふさいでしまう人もいる

 ▽「クリスマス鬱」

 街中はランプで飾られて尊厳な雰囲気に満ち、人びとは楽しそうに乾杯したり、プレゼントの箱を開けたりする…。クリスマスに抱くそんなイメージは幻想に近いのかもしれない。

 オランダをはじめ欧州では少なくない人がクリスマス前後に深刻な鬱(うつ)状態になってしまう。そればかりか、医者の世話になるまで悪化するケースもある。「クリスマス鬱」を乗り越える方法を伝授する診療所もあるくらいだ。

 鬱の症状はさまざまだが、代表的なのは気分が落ち込む、寝つきが悪い、仕事に集中できない、頻繁に動悸(どうき)がする、食欲が落ちる、イライラがつのる、などで何日も続く場合が多い。これらを緩和するため、人びとは専用の指導者(心理コーチと呼ばれる)によるセラピーを受けたりする。

 最も効果的なのは、「いやです!」「できません!」と言えるだけのパワーを身につけることだという。「クリスマスは嫌いだ!」とはっきり自分に何度も言い聞かせる練習をして自己暗示にかけていると、相手に気兼ねせず「いやです」とはっきり言えるようになるそうだ。

 同僚からパーティーに誘われたり、家族から食事会への出席を強制されたりしても、「私は参加しません」とはっきり相手に言えるようになれば、鬱も軽くなるにちがいない。何事も訓練が必要ということなのだろう。

 クリスマスの「騒動」が終わると、大みそかが待ち構えている。この日は、「オリボル」と呼ばれる伝統的な丸いドーナツを自宅で作って(または購入して)食べ、午前0時にシャンパンの栓を抜き、各自で花火を打ち上げて新年を祝う。この日も、親戚一同が入れ代わり立ち代わり訪問してくる。しかし、オリボルを食べながら花火を準備したりしているうち、どさくさに紛れて退散することもできるので、クリスマスよりハードルが高くない。

大晦日に食べるオリボル

 ▽異例の年越し

 オランダではコロナ感染者数増大中のため、12月15日から1月19日まで全土で完全ロックダウンに突入した。影響でクリスマスや大みそかに訪問できる「客は合計2人まで」に限定されることになった。

 「クリスマスを親戚一同で祝えないなんて」や「年末恒例の花火があげられなかった」などと嘆いていた周囲の人たちに改めて話を聞いてみた。すると「コロナのおかげで、ストレスなく年を越せた」と大喜びしていた様子だった。 伝統を守ることは確かに大切だ。しかし、それがストレスになってしまうのでは本末転倒というものだろう。

 さて、あなたは新年をどのようにして過ごしましたか?

© 一般社団法人共同通信社