『この本を盗む者は』深緑野分著 物語を読むことの悪魔的愉楽

 これまでに小説を読むのに費やしてきた時間を合計すると、一体どれぐらいになるだろう。この時間を無駄というなら、人生は無駄というのとほとんど同義になる。おそらく人生が終わる直前まで、小説を楽しんでいるだろう。

 どんなに思い煩うことがあっても、いったん物語の世界に入ってしまえばその中で遊べる。心を解き放つことができる。「物語の世界に入る」という感覚をそのままエンターテインメント小説にしてしまったのが本書『この本を盗む者は』、読むことの悪魔的愉楽を伝える。

 舞台は読長町、本で有名な町という設定だ。そして主人公は御倉深冬、この町に住む女子高校生である。

 深冬の曽祖父、御倉嘉市は全国に名の知れた本の蒐集家で評論家だった。彼がつくった巨大書庫「御倉館」は町の核ともいえる存在である。1900年生まれの嘉市がこつこつと集めた御倉館のコレクションは広く一般に開放されたのだが、深冬の祖母、たまきの代になって変わる。稀覯本200冊が盗まれて激高したたまきが、館を閉鎖してしまったのだ。

 深冬の父親で、現在の御倉館の管理人である御倉あゆむが大けがをして入院した数日後から物語は始まる。深冬はあゆむの代わりに御倉館の管理を任される。あゆむの妹、深冬の叔母であるひるねは、御倉館の蔵書を全て読んだというツワモノだが、日常生活を送るにはあまりにもぐうたらで役に立たないからだ。

 深冬は大の本嫌い。御倉館という場所も苦手だ。だが父の代わりで仕方なく御倉館を訪れたその日、異変が起きる。『繁茂村の兄弟』というマジックリアリズム小説の中に入り込んでしまうのだ。

 月がウインクし、真珠の雨が降る。自分も徐々にキツネに変わっていく。本を盗んだ者を捕まえなければ、現実社会に戻ることができない。突然現れた少女、真白に導かれ、悪夢にも似た深冬の冒険が始まる。

 それにしても、なぜこんなことが起きたのか。深冬の祖母、たまきは200冊の本が盗まれた後、御倉館の本、一冊一冊に呪いをかけた。御倉一族以外の人間が館の外に一冊でも持ち出したら「ブック・カース(本の呪い)」が発動し、物語の檻に閉じ込められてしまうのだ。

 最初はマジックリアリズム、次はハードボイルド、その次は冒険小説…。読長町は本の呪いに巻き込まれてゆく。知り合いの書店員が、高校の教師が、道場に通う少年が、物語ごとにそれぞれの役割を与えられ、現れる。そして本嫌いだったはずの深冬は、町を救うために本を読まざるを得なくなる。

 ぶっ飛んだ設定と展開の速さに身を任せてぐいぐい読み進めていけば、いつのまにか心が軽くなっている。本の魅力とはまるで呪いのようでもあるが、それにのみ込まれてみるとなぜか救われる。物語の持つ不思議な魔力を思い知る。

(KADOKAWA 1500円+税)=田村文

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