ドジャーブルーの血が流れる男・ラソーダが93歳で死去

ドジャースで21シーズンにわたって監督を務め、日本では野茂英雄がメジャーリーグに挑戦したときの監督としても知られるトミー・ラソーダが日本時間1月8日に93歳で亡くなったことが明らかになった。1948年にドジャースへ移籍し、途中1年だけドジャースを離れたものの、昨季がドジャースの一員として過ごす71年目のシーズン。「私の身体にはドジャーブルーの血が流れている」との名言で知られる男は、ドジャースの32年ぶりのワールドシリーズ制覇を見届けてこの世を去った。

現役時代は左投げの投手で、1945年にフィリーズと契約してプロ野球選手としてのキャリアをスタート。1948年11月にマイナーリーグ・ドラフトでドジャースへ移籍し、この世を去るまで続くドジャースとの長い関係がスタートした。1954年にメジャーデビューしたが、メジャーでは1勝もできず、メジャーでの最後のシーズンとなった1956年はアスレチックスでプレー。1957年5月にドジャースへ復帰し、1960年限りで引退してスカウトに転身した。

その後、マイナーの監督やメジャーの三塁ベースコーチを経て、1976年9月にウォルター・オルストンの後任としてドジャースの監督に就任。1996年7月に健康上の理由で退任するまで21シーズンにわたって監督を務め、通算1599勝1439敗(勝率.526)、1981年と1988年にはワールドシリーズ制覇を経験した。1997年にベテランズ委員会の選考でアメリカ野球殿堂入り。2000年のシドニー五輪ではアメリカ代表の監督を務め、金メダルを獲得した。

ラソーダは昨年11月に病院の集中治療室に入り、年明けに退院したことが報じられたばかりだった。自宅で心肺停止に陥り、搬送先の病院で死亡が確認されたという。なお、ラソーダはアメリカ野球殿堂入りしている存命中の人物のなかで最高齢だったが、ラソーダが亡くなったことにより、現在89歳のウィリー・メイズが最高齢となった。

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