時間の濃度

 「少年よ大志を抱け」のクラーク博士は、札幌農学校で農学などを教授したが、教え子と何年も接したわけではない。札幌に滞在したのは8カ月ほどだったという▲幕末に多くの志士が巣立った松下村塾も、吉田松陰が教えたのは1年余りと、思いのほか短い。師から学んだ時間は、短くてもこの上なく濃密だったろう▲昨年の4月下旬から9カ月近くに及ぶというから、クラーク先生や松陰先生が教えた期間とそう変わらない。福岡県の私大の遠隔授業を受けている男子学生の記事が、11日の社会面にある。濃密な学びの時間が欲しいのに、得られない。そんな焦りやもどかしさを募らせている▲昨春、一度は福岡県内の学生寮に入ったが、新型コロナが広がり、しばらくして佐世保市の実家に戻った。対面の授業は再開せず、「さまざまな人の価値観に触れたい」「将来の目標を見つけたい」という望みがだんだん色あせているという▲ずっと足踏みをしているような感覚が、男子学生にはあるらしい。遠隔授業が続く他の学生にも、人との触れ合いが極度に減った人々にも、きっと通じる思いだろう▲コロナ禍は、とりわけ若い人から人生を変えるような濃密な時間を取り上げている。この我慢の局面をどうにか乗り越え、収束に導いて、時間の濃度を高めるほかない。(徹)

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