特措法改正案「予防的措置」の意味不明 菅政権、責任取らずに罰則課す狙いか

By 尾中 香尚里

記者会見で質問を聞く菅首相=13日午後、首相官邸

 菅政権は18日召集の通常国会に、新型コロナウイルス特別措置法の改正案を提出する。野党側が提出した法案を1カ月半もたなざらしにした上でようやく、という印象だが、とりあえずそれは置こう。迅速かつ丁寧な審議を期待したい。

 改正案をめぐっては「罰則規定」に大きな焦点が当たっているが、それ以上に気になって仕方がないのが「予防的措置」の存在だ。緊急事態宣言を出す前でも、感染拡大を防止するために営業時間の短縮を求めたり、応じない業者に罰則を課したりできるらしい。

 意味が分からない。だったらさっさと緊急事態宣言を出せばいい。

 なぜ菅政権は、わざわざこのような「二重基準」を編み出したのか。それは、緊急事態宣言を出して政府が補償などの責任をとらされるのを避けつつ、国民の私権を制限して罰則を設ける権限だけは手にすることを目論んでいるからではないのか。

 菅義偉首相がとにかく緊急事態宣言を出すことに及び腰だったことは、これまで小欄でも何度となく指摘してきた。「感染拡大防止と経済の両立を図るため」と説明されてきたが、おそらく違う。

 菅首相は、緊急事態宣言を出すことで経済的に打撃を受ける人々への「補償」をしたくない。補償は通常の経済支援とは異なり、政府の施策で苦痛を与えてしまった人に「責任を取る」ための支出だからだ。首相にはそれが面白くない。何とか政府が補償をすることなく、国民の行動変容を促したい。

 だから首相はこれまで、緊急事態宣言を発令せずに、口先だけの中途半端な「要請」ばかりを次々と打ち出してきたのだろう。

新型コロナウイルス感染拡大への対応に関し開かれた、東京都と埼玉、千葉、神奈川3県の知事によるテレビ会議=4日夜、都庁

 今回再発令された緊急事態宣言を見ても、首相の本音はよく分かる。

 「飲食店への午後8時までの営業自粛要請」は、もともと緊急事態宣言の発令前に、すでに1都3県の知事に要請されていたものだった。つまり菅政権は、できることなら緊急事態宣言を使わずに営業自粛を要請したかった。緊急事態宣言を出し、要請に法的根拠が伴えば、自粛に応じた店への支援が政府の義務だと受け止められてしまうからだ。だが、知事たちからの突き上げを受けて、追い込まれる形で渋々宣言を出したに過ぎない。 飲食店に対する1日6万円の「協力金」という言葉にも、そんな首相の「気分」がよく出ている。「国へのご協力ありがとう」であり「迷惑かけてごめんなさい」ではない。

 「補償」という言葉は決して使いたくない。そんな本音が透けて見える。

 そのように考えれば、菅首相にとって今回の特措法改正が、決して気が進むものではないことが分かる。そもそも野党の突き上げで法改正をやらざるを得なくなったこと自体が面白くないことだろうし、法改正すれば「緊急事態宣言で不利益を受ける者への支援」について、条文に何らかの形で書き込まざるを得なくなるのは避けられないからだ。

 改正された特措法に基づき緊急事態宣言を出すことは、菅首相にとってさらにハードルが高くなるだろう。誰もが補償、いや、この言葉を使わないにしても、少なくとも「協力金」の規模に注目することになる。そんな状況は避けたいはずだ。

 そこで「予防的措置」である。緊急事態宣言を出さなくても、営業自粛要請などに従わなかった業者などに罰則を課すことができる仕組みを、法改正の中に潜り込ませておきたい。それが菅首相の狙いなのではないか。

 安倍、菅両政権の雑な運用ですっかり無力化されてしまった感があるが、緊急事態宣言とは本来「医療体制を守るために政治が責任を持ってあらゆる施策を講じる、そのために国民の私権を一部制限することになってもやむを得ない」という、政府にとって強い力を持つ切り札である。「国民の私権制限」の前に「政治の責任」がある。間違っても「外出自粛をお願いします」とお気楽に呼びかけるためだけの道具ではない。

新橋駅に向かう人たち。1都3県を対象に再発令された緊急事態宣言から1週間となった=14日夜、東京都港区

 まして、感染がこれだけ爆発的に拡大してしまった今となっては、緊急事態宣言はむしろ経済対策の要素も持つのではないか。強い措置で国民の動きを抑えて短期間の収束を目指し、飲食店の経営が打撃を受ける時間を少しでも短くするとともに、補償(どうしてもそう言いたくないなら、この際協力金でもいい)によって「絶対に倒産を防ぐ」という政治の強い意思を見せる方が、コロナ収束後の経済再生に有効なのではないか。

 この期に及んで菅政権は、なおもそうした「政治の責任」をまともに認識しているようには見えない。未だに緊急事態宣言を嫌い、つまりは政治が責任を果たすことを嫌い、その一方で口先だけで国民への要請ばかりを繰り返している。

 求めることばかりで与えることがなければ、国民も政治を信頼しなくなり、度重なる要請にも耳を貸さなくなっていく。その結果、口先だけの要請は効力を失い、感染は爆発的に増えた。「GoToキャンペーン」などの個別の施策の問題だけではない。安倍、菅両政権の政治姿勢そのものが、現在の感染拡大を生んでしまったと筆者は思う。

 そのことに対する反省のかけらもなく、菅政権は今、特措法改正によって国民への罰則を加えようとしている。特措法だけではない。同じく通常国会に提出される感染症法改正案では、入院を拒否した感染者に懲役刑を与えようとしている。

 感染拡大は要請に従わなかった国民のせい-。それが菅首相の考えなのか。

 ここまで書いたところで、さらに訳の分からないニュースが次々と飛び込んできた。

参院内閣委の閉会中審査で答弁する西村経済再生相=14日午前

 まず、西村康稔経済再生相が14日、広島市に対し「緊急事態宣言を発令した11都府県に準じた感染防止策が必要」として、11都府県と同額の財政支援を行う方針を発表した。

 感染拡大防止策を取るなとは言わないが、だったら緊急事態宣言とは何なのか。もはや菅政権は、財政支援も懲罰も、法的根拠も関係なく好き勝手にやってしまうのか。

 さらに加藤勝信官房長官は同日の記者会見で、水際対策強化に関して日本への入国者が14日間の待機要請などに応じなかった場合、氏名や国籍を公表する方針を明らかにした。「法律上の根拠がなくても、行政法上の合理的な目的がある」という。

 ついに政権幹部が記者会見の場で「法的根拠がなくても」という言葉を、堂々と口にするようになった。会見で加藤氏は「公表するか否かは個別の事情が当然ある。(違反)行為だけというより、それに至るいろいろな状況も踏まえて判断する」とも述べ、氏名公表に恣意的な運用を行う可能性まで示唆している。

 コロナ以前に、筆者は法治国家・日本の行く末を真剣に懸念している。

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