【追う!マイ・カナガワ】鍵盤ハーモニカ コロナ禍で本体購入って?

自宅で鍵盤ハーモニカを消毒する男児

 「今年はコロナの流行で、小学校の音楽で児童は鍵盤ハーモニカ本体を購入して学習しています。これまで吹き口だけ購入して本体は学校のものを使用していました。仕方ないとは思うのですが…」。小学校低学年の娘を持つ横浜市鶴見区の40代の女性から、「追う! マイ・カナガワ」取材班にこんな戸惑いが寄せられた。数百円で購入できる吹き口に対し、本体を含めると大手の販売価格は5千円以上になり、家庭の負担は軽くない。新型コロナウイルス禍で音楽の教育現場にどんな変化が起きているのだろう。

◆「仕方ない」「希望者だけでよいのでは」

 女性によると、鍵盤ハーモニカ本体の個人所有を求めるプリントが学校で配布されたのは昨年9月。理由は、消毒が難しい本体を共用することで感染リスクが増すことを警戒したコロナ対策だった。女性の第1子である長女は本体を持っておらず、急な購入の指示に当惑したという。

 「他の子との違いを気にする年頃。購入を拒否すれば、いじめにつながる可能性もある」。やむなく5600円を支払った。

 ただ納得はできていない。「今は授業参観もなく、保護者同士の交流もない。他の人はどう思っているのだろうと考えながら受け入れるしかなかった」。授業での使用頻度は低いといい、もったいなさも感じる。

 取材班が、本体購入について市内の他の保護者にも受け止めを聞くと「私も吹きたいからわが家的にはうれしい。けど購入は希望者だけでいいと思う」「買いたくないけど、コロナ感染を考えると仕方ない。他のもので代用できるなら、鍵盤ハーモニカでなくても良い」など、さまざまだった。

◆変化不可避 ほかの学校では

 コロナ禍を受けた横浜市教育委員会のガイドラインでは、鍵盤ハーモニカの使用について吹き口を個人所有とし、本体を共用する場合は吹き口との接続部を一人が使用するごとに消毒する─などと指示している。本体の所有方法は各校に委ねている。

 学校側はどう対応しているのか。同市鶴見区の小学校22校に、鍵盤ハーモニカ学習について問い合わせると、4校が新型コロナ対策で本年度から個人所有に変えたことが分かった。

 ほか4校は本年度は鍵盤ハーモニカの使用を取りやめ、代わりに学校経費で新たに購入した電子ピアノや、実物大の鍵盤を印刷した画用紙などで授業を行うなど模索している。残りは「以前から個人所有」「学校備品を共用」がおおよそ半々で、来年度から個人所有への切り替えを予定している学校もあった。

 市教委によると、過去には、保護者負担軽減のために学校での鍵盤ハーモニカ共用が広がった経緯があったというが、「コロナ禍にあって、人が使った鍵盤を使い回すことを心配する人もいるだろう」と今回の変化は避けられなかった。

 音楽教員ら約160人でつくる「市小学校音楽教育研究会」の後藤俊哉会長(57)は「コロナ禍で経済状況が苦しくなり、保護者に負担を求めるにはハードルも高い」とした上で、「音楽は子どもの心を安定させる重要な教科。各校ごとに実態に応じて判断していくしかない」と話す。

◆なぜ鍵盤ハーモニカなのか

 投稿者の女性からはこんな疑問も寄せられた。

 「なぜ教材で使う楽器は鍵盤ハーモニカなのでしょうか? 強制的に皆に同じ楽器を学ばせることが果たして本当の音楽?」

 新学習指導要領は、小学1、2年生で使う旋律楽器について「オルガン、鍵盤ハーモニカなどの中から児童や学校の実態を考慮して選択する」としている。ただ、教科書はいずれも「鍵盤ハーモニカありき」と市教委の担当者は言う。市内340超の小学校のほとんどが鍵盤ハーモニカを使用しているとみられる。

 青山学院大の山本美紀教授(音楽学)によると、鍵盤ハーモニカの原型は1950年代末~60年代初頭にヨーロッパで生まれ、伝わった日本で楽器メーカー各社が「教育的にも使用できる」と開発に着手した。

 67年には文部省が、小中学校とも2~3台ずつ導入することを推奨。69年度には中学校教科書に掲載された。改良されるにつれ対象年齢は下がり、70年代に小学校高学年、80年ごろに低学年の教科書に採用され、徐々にハーモニカに取って代わる存在となった。

 「鍵盤ハーモニカなら普通教室でも鍵盤を弾ける。70年代に児童数が増えて音楽室が足りなくなったことなども普及を後押しした」と山本教授。「手軽に使えて、鍵盤を見ながら音を出せて、歌の練習にも使え、和音が弾けて、合奏も一人での演奏もできる。オールマイティーなアナログ楽器」とその特長を説明する。

◆負担増悩ましいが…

 投稿者の女性の長女は縦笛や太鼓にも興味を示しているという。もし、子どもたちが好きな楽器を学べたら─。そんな授業を夢想して、新学習指導要領を所管する文化庁に尋ねてみた。

 「学習指導要領で統一させている訳ではないが、各自好きな楽器を選び、授業で一緒に教えていくことができるかというと…。なかなか難しいですね」。確かに、それでは授業が成り立たないか…。

 鍵盤ハーモニカには「触れば同じように音が出るオルガンと違い、息の加減で音が変わり、自分で音を作っている実感が持ちやすい」(市教委)との魅力も備える。

 県内の子どもたちからは「入学前から鍵盤ハーモニカが楽しみだった」「鍵盤ハーモニカは好き。コロナなのであまりできないけど、もっと吹きたい」との声が聞かれた。保護者の負担増は悩ましいが、子どもの人気は高いようだ。

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