<南風>緊張を楽しもう

 九州各県対抗陸上競技大会という試合があった。県代表として初めての遠征。大会前からすでに緊張し、出発前の空港で肝心のアップシューズを忘れたことに気付く始末。急いで家に戻り無事開催地に向かった。そのレース、スタート直前、緊張で身体の震えが止まらなかった。号砲からも遅れて、あっという間にレース終了。自己記録から程遠い結果で終わった。 そしてその年、出場した初の国体。「また緊張して震えたらどうしよう」という不安の中の予選。スタート直前、選手紹介のアナウンス中、隣にいた日本代表の有名選手の顔を見て「この人、もしかして緊張してる?」。別方向の選手たちを見ても緊張している様子。「俺だけじゃない、みんな緊張しているんだ」と気づいた。途端、安心して冷静な自分に戻った。レースも2着で予選通過。さらに自信をつけ「どうせ素人だから誰も俺を知らない。別に失敗してもいい。気にしないで走ろう」という気持ちが芽生え、準決勝はこの“素人力”を発揮。なんと自己記録を樹立した。しかも決勝進出にわずか百分の一秒差という結果。この大会は緊張をうまく乗り越え大きな収穫となった。

 世界マスターズ陸上も、筋肉隆々の黒人選手や大型選手らが国を代表しての真剣勝負の世界。最近は、「こいつ俺が中3の時、中1じゃないか。年下には負けない。同じ“おっさん”なんだから」という思考で戦っている。これも緊張感の中で自分の走りに集中するための一つの方法だ。

 好きなことだからこそ緊張する。緊張という舞台があることは本来、ありがたいこと。世界マスターズ陸上の決勝前も「この年齢でこんな緊張感を経験できるのは俺たちくらいだよな」とみんなで話した。緊張は確実に自分を成長へ導いてくれる。その緊張をもっと楽しもうではありませんか。

(譜久里武、アスリート工房代表)

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