球団史上初 道産子ドラフト1位 ファイターズ・伊藤大海投手に迫る FFFFF ここだけの話

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毎週日曜午前11時30分からお送りしている、ファイターズ応援番組「FFFFF(エフファイブ)」。1月24日の放送では、球団史上初の道産子ドラフト1位・伊藤大海投手を紹介しました。

「どうやらファイターズがドラフト1位候補にしているらしい」という報道が出始めた去年、新型コロナウィルスの状況を見ながら、何度か苫小牧に行き、伊藤投手の取材を重ねてきました。特に印象的だったのは、本格的な練習に入る前のウォーミングアップをしている姿。野球部、というより体育会の部活動と言えば、全員で同じメニューを元気いっぱい声出しながら、というイメージがありますが、伊藤投手のアップはそれとは対極でした。サブグラウンドで一人、入念にストレッチをしたかと思うと、軽くランニングを挟んで、今度は肩回りのストレッチをして…。自分のやるべきことを黙々と静かにこなしていく。「今日は股関節が詰まっているなとか、体の状態を把握しながらやることを決めています」。そう話す伊藤投手は、既に成熟した野球選手の雰囲気を身にまとっていました。

大学のグラウンドにて

道南の鹿部町に生まれ、小学2年生で野球人生がスタート。夜ご飯の前に町をぐるっと一周、約7キロのランニングをするのが日課でした。お父さんは漁師ですが、“小さな頃から漁を手伝って足腰が強くなった”的なマスコミが飛びつきそうなエピソードは一切なし。「船、乗れないんで。昆布干しをたまに手伝ったくらいです」。

小学生時代。お父さんと共に

函館東シニアを経て、夏の甲子園を2度制した名門・駒大苫小牧へ。1年秋からエース格の活躍を見せ、全道大会で優勝すると、翌年の第86回選抜大会では、甲子園で完封試合もやってみせました。ちなみに、練習試合では一時期打率が8割を超え、短距離も長距離もチームで一番。チーム内では頭一つも二つも抜きん出た存在でしたが、「それで甘やかすような指導者は誰もいなかった。だからこそ今がある」と高校時代を振り返っています。

中学生の頃の伊藤投手

大学は東京の駒澤大学に進みましたが、半年ほどで退学。「プロに行くためには時間が足りないと思った。1年遠回りしてもいいから自分の思い通りにやってみて、それで行けなかったら納得できる」。夢に向かって進むための大きな決断でした。苫小牧駒澤大学に入りなおすまでの半年と、規定により公式戦に出場できない1年間。野球のこと、自分の体のことをとことん考えました。この期間があったからこそ、ファイターズから最高の評価で指名されるほどの大きな成長を遂げることが出来きました。

スライダー、フォーク、カーブ、ツーシーム、カットボール、チェンジアップ。多彩な変化球を操りますが、やはり最も自信があるのは、最速155キロのストレート。満塁の大ピンチ、何を投げる?という質問に対し「インコースのストレート」と迷わず答えてくれました。絶対的な抑え投手がいない今シーズンのファイターズ。力強いまっすぐを武器に9回のマウンドに立つ道産子ルーキーの姿が、もしかしたら見られるかもしれません。