「孤独のグルメ」原作者・久住昌之さん新著を語る ドラマの裏話もあります

 かつて、知らないアーティストのレコードをジャケットの良しあしだけで見極めて購入することを「ジャケ買い」と言った。ドラマ「孤独のグルメ」の原作者の久住昌之さんは若いころから飲食店に入るとき、ガイドブックやネットの情報に頼らず、店のたたずまいや雰囲気を勘だけで判断して選んできた。それを「面(ジャケ)食い」と名付け、45の飲食店の訪問記を同名の本にまとめた。(共同通信=中村彰)

「面(ジャケ)食い」の表紙

 「面食い」の原点は20代のころ。東京の多摩地区に住んでいたが、ほかの地区を知らなかったので、北区や葛飾区に足を延ばしてみた。「行ってみると面白いんですよね。路地にもつ焼き屋とかあってねえ。バイスとか飲んだことない飲み物があって、おじさんが焼き鳥を20本くらい食ってるしね。近くにも全く知らないところがある、遠くに旅行をしなくても違う文化圏があると気が付いた」

 大切にするのは「旅人みたいな気持ち」だ。「僕、お店は一つの国と思ってるんで。王様がいて、法律があって。その法律がメニュー」と語る。あえて「観察」はしない。ただ「ものを眺めるのは好き」だという。「ラーメン作ってる姿や、大工さんやペンキ屋さんでも。職人の所作を眺めるのが好きだった」。それが「面白くってしょうがない。ネタっていう考えは全然ないけど、面白いものがだんだんたまっていって、自分の身になって、それが違う形でマンガとか文章に出てくるのかもしれない」と語る。

 店選びに当たって、ネット情報は一切見ない。「(ネットを)見てたら1時間も2時間もすぐにたっちゃう。だったら、すぐに行った方がいい」。本の冒頭で、その姿勢を高らかに宣言する。「己の勝負勘を磨く。最近の輩(やから)は、失敗しないように、ネットで事前に調べる。(中略)セコい。そんなことばかりしていたんではいい店を見抜く力は、一生つかない」。久住さんにとって店選びは「勝負」なのだ。

光ちゃん食堂(福岡・志賀島、撮影・久住昌之)

 登場する飲食店は北海道から九州に加えて、中国・上海の2店。求めるのはグルメや美味ではない。「その土地にうまれ育たなければ、本当のおいしさはわからない」もの。「土地の味」だ。だから、港町で鮮魚店が経営する定食屋があっても、あえてパスする。「自分の仕事はオイシイものを探すことではない」のだ。その結果、大当たりの氷イチゴに遭遇したり、既に廃業している店でおばあちゃんがつくるちゃんぽんに出合ったりもする。「知らない体験をするのは『おいしい』だけではないんです」

 このほか、畳敷きで足が入らない謎の構造のカウンター席で、内部の階段で2階のカラオケ店とつながっている北海道のラーメン店、ホワイトボードに赤い文字でお薦めが書かれているがぎっちり詰めてあるので、ほとんど解読不能な大阪の立ち飲み屋、店員の目配りや動きにリズムがあり独特のグルーブ感を醸し出す東京の居酒屋などなど、「よくぞ、こんな店を見つけたな」と驚きのストーリーが満載だ。

 2012年にスタートしたドラマ「孤独のグルメ」は、今や「SEASON8」まで数えるヒット作になった。主人公の井之頭五郎の食べっぷりに目を見張るが、実は久住さんは小食なのが悩み。「だから店選びを失敗するとすごく痛い」と笑う。「モテないやつがスーパーヒーローを描くように、小食の人間が大食漢を書くという、あこがれなんです」

焼肉小波(長野県松本市、イラスト・和泉晴紀)

 井之頭を演じる松重豊さんは、収録に向けて万全の準備をするという。「前日午後から何も食べない。すごいのは松重さん、あれ全部食べてるんですよ。ドラマだけでなく、松重豊のドキュメンタリーでもあるんです」。事前にスタッフの一人があれだけの量を食べ切れるかどうか、実際に確かめているという。

 井之頭は大食漢だが、酒が飲めない設定だ。「大食漢はもうあこがれ。でも、漫画の主人公は弱点がないとだめ。あんなにおいしいものがあるのに飲めない、みたいな」。松重さんは「あの量を食べられるうちは(井之頭を)やる」と話しているという。そのため、「2年前にお酒をやめたんですよ、完全に。『リアル五郎』、もう一滴も飲まない、打ち上げでも。やっぱり役者魂ですね」。2020年の大みそかスペシャルでは、埼玉県秩父市の「餃子菜苑」で松重さんはギョーザ、ムースーロー(肉・卵・キクラゲ炒め)、チャーハン(かきたまスープ付き)に加えて半ライスを注文、ご飯にムースーローをのせて完食した。

 この「餃子菜苑」だが、久住さんがよくよく話を聞くと、この店の亡くなったご主人は、久住さんが子どもの頃から通い詰め、今は久住さんの弟の同級生が切り回している三鷹の「餃子菜館」という店で修業していたことが分かった。「『えー』って言って。本当にびっくりした。そういうことが時々ありますね」

久住昌之さん=東京・吉祥寺のカフェ

 コロナ禍で飲食店にとって厳しい状況が続く。「僕の好きなお店の高齢の経営者が、緊張感が切れちゃって『これでいいか』とやめるところがものすごく多くて」と残念な気持ちを抱く。「こんな時に飲み会やって大騒ぎするのは良くないに決まってるじゃないですか。でも、お酒が好きで一人で飲む人いっぱいいるし、8時、9時までご飯を食べないで働いてる人、いっぱいいる。9時になって飯食うところ、ないですもんねえ」と、飲食店や利用者に思いをはせる。

 ドラマの最後のコーナー「ふらっとQUSUMI」に出演しているため、地方でも「あら、あなた、テレビ出ているでしょ」などと声を掛けられることが増えた。「地方で飲んだり食べたりするのがやりにくいなー」とぼやくが、「もう分かります。こういうジャケ(店構え)の店は入ると顔バレするなあって」と、勝負師の嗅覚の鋭さをのぞかせた。

 「面食い」は光文社刊、1500円+税。

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