コロナ医療アクセスを世界で拡大するために──日本政府にWTO南ア・インド等提案への支持を呼びかけ

イタリア北部の病院で新型コロナ患者の治療にあたる医師 🄫 Davide Arcuri

イタリア北部の病院で新型コロナ患者の治療にあたる医師 🄫 Davide Arcuri

新型コロナウイルスの感染拡大が深刻さを増す中、昨年10月に世界貿易機関(WTO)に南アフリカ共和国とインドが共同で提出した、パンデミック(世界的流行)収束までは新型コロナ関連の知的財産権保護を一時的に免除するという画期的な提案。年が明けた現在も、WTOではこの提案をめぐって加盟国政府による議論が続いています。
※参考記事:WTOでの提案が世界のコロナ対策を大転換させるかもしれない5つの理由

国境なき医師団(MSF)は、世界全体で新型コロナ感染症の予防・検査・治療を緊急に拡大し、パンデミックの早期収束を実現するために必要な措置として、この提案を支持しています。日本政府にも支持を呼びかけ、他の多くの団体と共に、以下の通り公式に要請の申し入れを行うことになりました。

 2021 年1 月12 日

内閣総理大臣 菅 義偉 様
財務大臣麻生 太郎 様
外務大臣茂木 敏充 様
経済産業大臣 梶山 弘志 様 

新型コロナに対する公正な医療アクセスを
すべての人に!連絡会 

日本政府への要請:新型コロナ克服のための取り組みを世界全体で進めるため医薬品・医療技術の知的財産権保護を緩和し、共有化・協力の促進を

「新型コロナウイルス感染症」(COVID-19)の世界的流行は、北半球における冬の到来や、感染力の強い変異種の登場により、深刻さを増しています。2019 年末、東アジアに始まり、欧米を席巻したCOVID-19 は、中東・北アフリカ、中南米、南アジア、サハラ以南アフリカなどの途上国・新興国にも拡大し、世界保健機関(WHO) によると、1月 10 日の段階で 8904 万人以上の感染、193 万人以上の死者をもたらしてきました。日本においても、再び緊急事態宣言が発出されており、抜本的な対策が必要となっています。

COVID-19は世界各国の社会、経済、環境に多様かつ甚大な影響を及ぼしており、その対策も多岐に及びます。世界はこの1年足らずの間に新規医薬品の研究開発、社会・経済的影響の緩和のためのIT技術などの開発と実用化ほか様々な既存技術の活用を行ってきました。特に新規医薬品の開発は、製薬企業への民間投資のみならず、各国の国立研究機関や、開発促進に取り組む国際機関を通じた公的資金の投入や、途上国を含む世界各国での臨床試験の実施など、公的資金や、公共の利益を目的とした人々の善意の協力によって実現されています。開発された新規医薬品への世界全体の平等なアクセスを含め、COVID-19を克服するための手段は世界に開かれたものであるべきです。しかし現在、平等なアクセスのための国際支援は大幅に不足しており、富裕国がワクチンを独占する一方、途上国は取り残され、十分な普及は2021年内には実現しない見通しです。このパンデミックは、全世界で封じ込めない限り、収束することはできません。COVID-19がかつてない異次元の脅威であることをふまえ、既存の枠組みや方法を超える革新的な対応が、緊急に求められています。

2020年10月2日、南アフリカ共和国(南ア)とインド政府は、世界貿易機関(WTO)の「貿易関連知的財産権協定」(TRIPs)理事会に対して、各国が医薬品、診断薬、有望なワクチン候補、その他COVID-19対策に関連する技術や製品の開発・製造を拡大できるようにするため、COVID-19の収束までの期間、COVID-19に関わる予防・封じ込め・治療に関連する知的財産権(著作権および関連諸権利(TRIPs協定第2部第1節)、意匠(同第4節)、特許(同第5節)および開示されていない情報の保護(同第7節))の免除を含む提案(以下、「南ア・インド等提案」と表記)を行いました。南ア・インド等提案には、南部アフリカのエスワティニ王国とモザンビーク、ケニア、パキスタン、ボリビア、モンゴル、ジンバブウェが共同提案国となり、100か国以上が完全支持もしくは歓迎を表明しています(2021 年 1 月 6 日時点)。また、世界保健機関(WHO)や国連合同エイズ計画(UNAIDS)を始め、国際機関や国連人権専門家、保健医療、人権、貿易・投資に関わる多くの国際市民社会組織がこの提案を支持しています。しかし日本、米国、欧州連合をはじめとする先進国などが反対の立場をとり、合意が見いだせなかったため、12 月 10 日のTRIPs 理事会にて、3 月 11-12 日のTRIPs 理事会に向けて審議を継続することが決まりました。

以上より、私たちは、世界の市民社会の一員として、日本政府に以下のことを要望します。

  • COVID-19 対策に必要な医薬品・技術への公正・迅速なアクセスを地球規模で確保するため、上記南ア・インド等提案を支持すること、もしくは反対しないこと。
  • 上記に加え、かつ矛盾のない形で、「C-TAP」(COVID-19 技術アクセス・プール)等、グローバルかつオープンに知的財産権を共有するイニシアティブを支援・促進し、COVID-19 の予防・封じ込め・医療に関わる技術へのアクセスの障壁を取り除き、共有化を促進することで新規技術開発のグローバルな促進を図ること。
  • 同様に、「ACT アクセラレーター」(COVID-19 関連製品アクセス促進枠組み)および各パートナーシップに関わる国際機関への拠出を、国際的な協調の下で拡大し、同枠組みが途上国への新規技術の平等なアクセス実現に十全に役割を果たせるようにすること。
  • COVID-19 克服のための医薬品や新規技術への公正かつ開かれたアクセスをグローバルに保障することを求める日本と世界の市民社会との対話を行うこと。

上記要望の理由は以下の通りです。

  • 日本など先進国政府が南ア・インド等提案に対して示す「TRIPs 協定の柔軟性で対応可能」「知財保護免除で医薬品開発のインセンティブが損なわれる」等の反対理由について、提案国・支持国は根拠を挙げて反論しています。これら基本的な立場・主張の相違が、旧来の先進国と途上国の経済や開発を巡る対立の上にあることは明らかです。COVID-19 収束の為には、こうした対立の早急な克服と地球規模の協調の実現が不可欠です。それは知財分野で優位に立つ先進国の歩み寄りなくして実現しません。
  • COVID-19 の流行に際して、先進国はその資金力で個人防護具(PPE)や医薬品を大量購入しつつ、開発系製薬企業とワクチンの事前大量買い取り契約を結び、これらの市場を独占しています。結果として、世界の大半を占める途上国・新興国が、必要物資を確保するのに大きな支障が生じています。
  • この問題の解決のため、昨年 4~5 月、WHO および保健に関わる国際機関、民間財団の連携で、新規医薬品等の開発と平等なアクセスを一体で手掛ける「ACT アクセラレーター」(COVID-19 関連製品アクセス促進枠組み)と、COVID-19 に関する技術の知的財産権をプーリングし、途上国での安価な供給を促進することを目指す「C-TAP」(COVID-19 関連技術アクセス・プール)が発足しました。しかし、ACT アクセラレーターは 12 月 22 日段階で、緊急に必要な資金 37 億ドル、本年分 237 億ドルの資金不足に直面しており、C-TAP も、先進国からの支持がなく、機能が発揮できない状況です。COVID-19 への取り組みを世界全体で推し進めるには、ACT アクセラレーターが十全に機能を果たせるように資金拠出を拡大すること、C-TAP への先進国や技術保有国、技術保有企業の協力を確保することが必要です。
  • 一方、COVID-19 の収束には、既存の多国間援助の枠組みの活用だけでは不十分です。途上国・新興国でのCOVID-19 関連技術の平等なアクセス実現には、途上国・新興国自身の資源動員と、医薬品の開発や製造、普及の能力と意欲の拡大こそ重要であり、その障壁となっている現行の知的財産権保護を含む貿易ルール等の変革が不可欠です。南ア・インド等提案は、COVID-19 に対しては、現行の WTO のルールで、国ごと、製品ごとに知的財産権の障壁に対応するのでは限界があることを認識し、その変革に向けて、世界を大きく前進させる可能性を持っています。
  • COVID-19 の脅威は、世界の社会・経済・環境の持続可能性の低下と強く結びついています。COVID-19 は 「最後のパンデミック」ではありません。世界は将来のパンデミックへの準備度を向上させるとともに、パンデミックのリスクを拡大する各種の非感染性疾患などへのレジリエンスを増大させる必要があります。そのためには、COVID-19 の教訓を踏まえ、知的財産権など国際保健に直接・間接に関わる諸制度を柔軟に変革していく必要があります。

日本政府は、G7、G20 においても、ワクチン等へのグローバルなアクセスの必要性を主張し、特許プールなどの仕組みの必要性を訴えました。また、グローバルな COVID-19 対策への貢献については、(1)新型コロナウイルス感染症対応能力の強化、(2)強靭かつ包摂的な保健システムの構築(将来の健康危機に備える保健医療体制の強化)、(3)感染症に強い環境整備(より幅広い分野での健康安全保障のための環境整備)を掲げています。上記3つの目的を実現するためにも、必要な量の医薬品・医療技術への、迅速、公正かつ平等なアクセスのグローバルな保障が不可欠と考えます。私たちは、一刻も早く COVID-19 をグローバルに克服し、パンデミックに強く、しなやかに対応できる世界をつくるためにも、日本政府に対して、南ア・インド等提案を支持、もしくは反対しないことを求めるものです。

「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!」連絡会
  呼びかけ(五十音順)
  (特活)アジア太平洋資料センター(PARC) 共同代表 内田聖子
  (公財)アジア保健研修所(AHI) 理事長 斎藤尚文
  (特活)アフリカ日本協議会 共同代表理事 津山直子・玉井隆
  (特活)国境なき医師団日本 会長 久留宮隆
  (特活)シェア国際保健協力市民の会 共同代表 本田徹、仲佐保
  世界民衆保健運動(People’s Health Movement) 日本代表幹事 宇井志緒利
  (公社)日本キリスト教海外医療協力会 会長 畑野研太郎

「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!」連絡会は、COVID-19 パンデミック下において、途上国・新興国への新規医薬品・新規技術の公正・平等なアクセスをグローバルに保障していくことを目的に政策提言を行う市民社会団体の連絡会として設立されました。連絡先は以下の通りです。
 ・連絡会事務局 (特活)アフリカ日本協議会(担当:稲場雅紀、廣内かおり)
 ・東京都台東区東上野 1-20-6 丸幸ビル3F
 ・電話:03-3834-6902 E-mail:ajf.globalhealth@gmail.com

本要望書の賛同団体 2021 年 1 月 22 日現在 16 団体 ※五十音順
(学会等)
 日本国際保健医療学会
(NGO・市民団体等)
 特定非営利活動法人 アジア女性資料センター
 特定非営利活動法人 アジア砒素ネットワーク
 特定非営利活動法人 シャプラニール=市民による海外協力の会
 すぺーすアライズ
 特定非営利活動法人 DNDi Japan
 特定非営利活動法人 DPI 日本会議
 特定非営利活動法人 名古屋NGO センター
 特定非営利活動法人 日本国際ボランティアセンター
 特定非営利活動法人 日本ネパール女性教育協会
 バイオダイバーシティ・インフォメーション・ボックス
 特定非営利活動法人 パレスチナ子どものキャンペーン
 国際人権NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ
 ひろがれ!ピースミュージアムいたばし
 一般社団法人 Bridges in Public Health
 特定非営利活動法人 メドゥサン・デュ・モンド・ジャポン(世界の医療団)

賛同団体募集中

現在、「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!連絡会」ではこの要請書への賛同団体を募集しています。以下の連絡会事務局ウェブサイトで内容をご確認の上、登録フォームからご登録をお願いいたします。
ご賛同のお願い:新型コロナと公正なアクセス 

© 特定非営利活動法人国境なき医師団日本