「没イチ」男の人生をコロナ禍で考える

突然、妻をなくしたら・・・

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 妻と死別した高齢男性が1人暮らしになると、うつ症状が悪化しやすい―。2020年10月、こんな研究結果が明らかになった。

 日本人男性は、地域社会とのつながりも家事も、妻に任せきりの人が多く、妻と死別すると、日常生活がたちゆかなくなる可能性が高いことは、これまでの研究でも分かってきた。2015年の国勢調査によると、15歳以上で死別した男性は約165万人。女性は、はるかに多い約800万人に上るが、抱えている問題は男性のほうが深刻だ。男性の「没イチ」が人生を踏み出すためのヒントを探った。(共同通信=山岡文子)

漫画「没イチ」ⓒきらたかし/講談社

 ▽独り暮らし

 調査結果を発表したのは「日本老年学的評価研究(JAGES)機構」。(https://www.jages.net/)数十万人規模のデータを多様なテーマに基づいて解析し、高齢化社会に起きる問題の解決策を提案する。

 今回は、2013年時点で婚姻しており、同居生活だった男女のうち、16年までに配偶者と死別した人のうつ症状の悪化の程度を調べたところ、配偶者と死別後に1人暮らしとなり、まだ1年以内の男性でうつ症状が最も悪化していた

その次に悪化していたのは死別後独居になり1-3年経過した男性だった。

 女性も夫と死別後に1人暮らしになると、うつ症状は悪化したが、男性ほどではなく、男女ともに死別後も、子どもや親戚と同居を続けると、うつ症状の悪化は見られなかった。

 ▽社会参加

 妻と死別後、子どもらと同居ができればいいが、今の日本では三世代同居は減り、子どもや兄弟と疎遠になっている人も少なくない。

 JAGESは、「友人と会う」「趣味活動に参加する」など社会参加や交流が、うつ症状の悪化を抑えるかどうかも調べたところ、死別後1年以内の独居男性を含むすべての人にうつ症状改善効果がみられて、死別後1〜3年の独居男性でさらに効果が高かった。

中込敦士さん(本人提供)

 調査を担当したハーバード大公衆衛生大学院の中込敦士フェローは「妻を亡くした後、早期から社会や人とつながること、そしてそれを継続することが有効だと示唆しています」と話す。

 現役世代は、どうだろうか。中込さんによると、まだ研究が進んでいないが、同じ傾向だと推測できるという。「同居する子どもの有無や仕事の有無、再婚する可能性などは高齢者と違うでしょう。しかし世代にかかわらず、配偶者を亡くした後も新しい家庭を築いたり、社会に出て人生を楽しんだりするべきなのは、言うまでもありません」

 ▽「神経疑う」

 コミックの世界でも、死別した男性の生き方を正面から考える連載が20年12月から始まった。

漫画「没イチ」のひとこまⓒきらたかし/講談社

 半年前に妻を亡くしたドラッグストア店長の白鳥学、45歳。

友人に誘われて参加した婚活パーティーで、女性から「奥さんが亡くなってまだ半年なのに、ちょっと神経を疑います」と言われる。

 これは男性向け「イブニング」(講談社)に掲載された「没イチ」の第1話のエピソードだ。

 妻と死別して半年で婚活しては、いけないのだろうか?

きらたかしさん(本人提供)

 作者のきらたかしさん(51)は、自分自身への問い掛けに答えるつもりで、物語をつづる。自身は独身生活を続けていたが、最近パートナーとの同居を始めた。「このままいけば、どちらかが先に死にます。もしパートナーが先に死んだら、もし自分が先に死んだら、その先の人生は、どうなるのか。連載は自分の心の準備でもあります」

 コロナ禍のまっただ中で連載は始まった。「今は気付いていないかもしれない、身近な人との時間の大切さに読者が思いをはせる作品になればいい」と願っている。

 ▽プレッシャー

 きらさんの作品の基になっている本がある。42歳だった会社員の夫を突然、亡くした小谷みどりさんが、18年に出版した「没イチ」(新潮社)だ。

小谷みどりさんが執筆した「没イチ」ⓒ新潮社

 研究者として、企業のシンクタンクに勤めていた小谷さんは、悲しくても仕事や講演活動を続けた。しかし「嘆き悲しむ妻」を演じるよう強いる周囲からのプレッシャーには反発を覚えた。「私がやるべきなのは、夫の分も楽しい人生を送ること」と心に決めた。

 小谷さんは墓や葬儀、死生学の専門家。「誰が墓を守るのか」「どんな葬儀にしたいのか」といった夫婦や家族の価値観が深く関わる研究をしてきたが、夫の死をきっかけに死別後の人生も研究テーマになった。

 みえてきたのは「夫は、妻が生きているうちに掃除、洗濯、料理を教えてもらうことが不可欠」という解決策。妻を亡くしたら、散らかった家に友人も招待もできず、自分で身だしなみも整えられず、栄養のある食事をせずにひきこもっていいのだろうか。夫が先に死ぬとは限らないという、当たり前の事実から目を背けてはいけないようだ。

 「これから単身の高齢者世帯が急増することも、葬儀のあり方に影を落とす」と話す小谷みどりさん。2020年3月17日に東京・汐留の共同通信社で撮影  

 きらさんが描く白鳥は、間に合わなかった。しかし最新の第4話(1月26日発売号)では、知り合った女性に教えてもらいながら料理に挑戦する。「どーせ俺は」が口癖だと妻にいつも言われていた。妻は働きながら、毎日食事を作ってくれていた。そのことにやっと気付いた白鳥が踏み出す先に、どんな人生があるか、目が離せない。(おわり)