去り行くトランプの最後っ屁|九段靖之介 トランプ大統領は1月20日、ホワイトハウスを離れた。退任式典で「さようなら。私たちは何らかの形で戻ってくる」と述べ、政治活動の継続に意欲を表した。そのトランプはバイデンに”最後っ屁”をかました。それは……。

オバマ=バイデンのやったことを消しゴムで消したトランプ

退陣を控えた大統領はアレコレの政策を多発するのが常だ。トランプも例外ではない。とはいえ多くの大統領は次期大統領の重荷になるような重大な政策の発出は避ける。

ところがトランプは真逆だ。オバマが結んだイランとの核合意を離脱したあげく、ここへ来てイランへの制裁を強化した。さらにはオバマが国交回復を意図したキューバを再びテロ支援国家に指名した。

CO2削減を約したパリ協定からの離脱もある。いずれもオバマ=バイデンのコンビが結んだ国際協定を、あからさまに消しゴムで消し去る行為だ。

とりわけ念入りなのが対中国強硬政策だ。中国製品に高関税を課したのを手始めに、ファーウェイなど中国のIT企業を相次いで締め出し、テキサスの中国領事館を「スパイの根拠地」として閉鎖、さらには留学生を含む中国人らの滞在期限を10年から1カ月に短縮するなど矢継ぎばやに中国シャットアウト策を打ち出した。

さらにはウイグル人権法や香港人権法を定め、「内政干渉だ」と苛立つ中国の神経を逆撫でする。

1月6日、香港の警察が民主派の前議員ら50数人を「国家の転覆を狙った」として国安法違反で逮捕するや、ポンペイオ国務長官はすかさず香港警察の当局者や中国政府高官ら六人に米国内の資産凍結の制裁を課すと発表した。

とりわけトランプ政権が一変させたのは台湾の扱いだ。台湾関係法を利して台湾に最新の武器輸出を頻繁にし、台湾旅行法を定めて双方の政府高官らの往来を自由にした。

さらに1月9日、ポンペイオはこれまで中国に気兼ねして自粛してきた種々の制限をことごとく撤廃すると発表した。これによって米国と台湾双方の外交官や軍関係者らの接触が完全に自由になる。

いずれも習近平政権が主張する「一つの中国」を無視する政策だ。これらトランプが一変させた台湾の扱いから透けて見える。台湾を沖縄以上に(?)中国封じ込め政策のキーストーンとして認識している。

それもそのはず、ポンペイオは南シナ海における中国の領有権拡張を「完全に違法」と決めつけ、アメリカ、インド、オーストラリア、ニュージーランドの四カ国で「インド太平洋の安定」を守り抜く構えで、これに日本を参画させたい。

それを考えれば台湾はまさに中国封じ込め政策の要石の一つだ。

トランプからバイデンへ、「ページを後ろにめくるなよ」

そもそも「インド太平洋構想」は日本の首相・安倍晋三の発想による。いまではそれが前記4カ国の共通認識として熟した。

習近平・共産党政権がチベットやウイグル、内モンゴルでやっていることはヒトラーのナチス・ドイツと同じだ。香港、台湾にも魔の手を伸ばしている。彼らは建国100年目の2049年を期して、アメリカを経済的にも軍事的にも抜き去り、世界の覇権を握る野望をいまや隠さない。

いかに習近平政権が危険な存在か、それを最初にトランプに諄々と説いたのは安倍晋三だったと、トランプの側近スティーブ・バノン(戦略担当首席補佐官)が証言している。2017年2月、安倍が世界の首脳に先駆け、最初にトランプを訪ねたときのことだ。

その2カ月後、トランプは習近平をフロリダの別荘マール・ア・ラーゴに招いた。初対面の習近平に、トランプは訊いた。

「アンタは王様(King)かい?」

「いや、主席(Chairman)です」

「だって終身(死ぬまで)主席なら王様と同じじゃないか」

習近平は返事ができない。なぜトランプが、こんな質問をするのかわからなかったに違いない。アメリカは欧州の王権や神権の迫害から逃れた新教徒(プロテスタント)によって建国された。

よって建国の父たちは、ローマの(帝政ではなく)共和制を範として国造りをした。だからアメリカ人は徹底的に王様や独裁者を嫌う。トランプの質問には独裁者・習近平への嫌悪感がにじみ出ている。

トランプが採った一連の厳しい対中政策は、安倍が焚きつけたといっても過言ではない。安倍もトランプも去ったいま、習近平はフリーハンドを得た思いに違いない。

くらべてオバマ=バイデンのコンビは中国の東・南シナ海への領有権拡張、人工島の軍事化、ウイグル族の人権弾圧、さらには北朝鮮の核保有を黙認した。

大統領選に勝利したバイデンは「ページをめくる時が来た」と演説した。トランプが強化する対中強硬政策は、間違ってもページを後ろにめくるなよというメッセージだ。

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